溺愛するペットを失う時:ペットロスとその対策 

ポジティブ心理学

はじめに

現代社会において、ペットは単なる飼育動物ではなく、家族の一員として認識される存在となっています。2025年10月18日〜19日、東京・駒沢公園で開催された「駒沢わんこ祭り2025」の会場にも愛犬と飼い主たちが大勢集っておりました。公園周辺のカフェも犬だらけでした。その溺愛ぶりは大変なものです。

駒沢わんこ祭り2025
出店社様枠 完売の御礼とキャンセル待ちのお知らせ 駒沢オリンピック公園ドッグランは、2002年12月に開設された都立公園初の公共ドッグランです。多くの愛犬家に親しまれ、周辺には犬同伴可能なカフェやレスト


一方で、愛するペットを失ったときの飼い主への影響は計り知れません。
米国では6,800万世帯以上がペットを飼育しており、その喪失は数百万の人々に深刻な心理的影響を与えています。ペットロスは単なる情緒的動揺ではなく、うつ病、不安障害、さらには複雑性悲嘆(complicated grief)※に至ることもある臨床的に重要な課題です。本論文は2000年以降に発表された48件の研究を統合し、ペット喪失後の悲嘆反応とその対処メカニズムを体系的に整理した初めての包括的レビューの一つです。

※複雑性悲嘆(Complicated Grief, または Prolonged Grief Disorder)は、通常の悲嘆反応が長期化し、強度が増して日常生活に重大な支障をきたす状態を指します。

研究方法と特徴

レビューはCAB Abstracts、PubMed、Web of Science、Google Scholarを用いて2020年5月までに検索された1,733件の論文から抽出されました。重複を除いた1,154件のうち、最終的に48件が採択されています。対象研究の大半は調査研究(32件)で、その他に内容分析(9件)、事例研究(6件)、面接調査(6件)などが含まれています。地域的には北米が37件と最も多く、次いでアジア7件、オセアニア6件、ヨーロッパ6件でした。

悲嘆反応に影響する要因

悲嘆の強さは、飼い主の属性とペットとの関係性に大きく左右されます。女性は男性より強い悲嘆を報告し、カウンセリング利用率も高いことが示されています。また、思春期や高齢者は複雑性悲嘆のリスクが高い群とされ、特に愛着が強いほど悲嘆が深刻化します。突発的な死は怒りを強め、慢性疾患による安楽死は罪悪感を軽減する傾向があると報告されています。

安楽死と悲嘆の特殊性

安楽死は自然死と異なり、飼い主に「予期悲嘆」を経験させる特徴があります。83%の飼い主は安楽死を「動物の最善の利益」と肯定的に評価した一方で、約30%は強い悲嘆を経験し、嘔吐、震え、悪夢といった身体症状まで呈する場合があります。経済的制約や行動問題を理由に安楽死を選択したケースでは、罪悪感や後悔が顕著でした。決断に家族間の不一致がある場合、怒りや恨みが悲嘆をさらに複雑化させることもあります。

Disenfranchised grief(正当に認められない悲嘆)

ペットロスが社会的に「正当な悲嘆」と認められないことは大きな特徴です。人間の死に伴うような弔意、葬儀、職場での休暇は一般的に存在せず、飼い主は孤独感や羞恥心を抱きやすいのです。この「disenfranchised grief(剥奪された悲嘆)」は、悲嘆表出の制約を生み、精神的健康を悪化させます。実際、多くの飼い主が「泣くのは恥ずかしい」と感じて気持ちを抑圧することが報告されています。

曖昧な喪失(Ambiguous loss)

災害や行方不明、高齢者施設入居に伴う手放しなど、死を伴わない喪失も「曖昧な喪失」として取り上げられています。ハリケーン・カトリーナの事例では、ペットを失った飼い主に急性ストレス障害やPTSDが多発したことが報告されています。曖昧な喪失は解決が見えないため、悲嘆は長期化し、心理的停滞が強調されました。

対処メカニズムの多様性

レビューでは5つの主要な対処メカニズムが抽出されました。

  1. 孤立:悲嘆を他者に見せず内に閉じこもる。社会的支援がない場合に強まる。
  2. 社会的支援:家族や友人に加え、獣医やカウンセラーが重要な役割を果たす。獣医からの共感的な言葉や追悼カードは回復を促進する。
  3. 継続的絆と追悼:生前をしのび、写真や遺品を保存、手紙を書く、埋葬や火葬を行う。子どもに特に有効で、心理的安定につながる。
  4. 宗教・スピリチュアリティ:死後の再会を信じることはレジリエンスを高める。ユダヤ教のシヴァや仏教の読経などが紹介されている。
  5. 他の動物との関わり:残されたペットや新しいペットの存在が心理的支えとなり、抑うつ軽減に寄与する。一方で「もう二度と飼わない」と選ぶ飼い主もいる。

臨床的・社会的含意

この知見は臨床現場や社会に直接応用可能です。医師やカウンセラーは、ペットロスを軽視せず、disenfranchised griefの存在を理解することが求められます。獣医は共感的対応やカウンセリング紹介を通じて、飼い主の複雑性悲嘆を予防できます。さらに、社会全体でペットロスを正当な悲嘆として認めることが、孤立感を減じる第一歩となります。

Limitation

本研究にはいくつかの制約があります。

  • 多くの研究参加者がペットロス支援グループやオンラインフォーラム利用者であり、一般的な飼い主の実態を代表していない可能性がある。
  • 国際的データは限定的であり、文化的差異の影響は十分に検討されていない。
  • 対処メカニズムの効果は質的に報告されることが多く、定量的評価が不足している。

おわりに

ペットロスは単なる情緒的な喪失体験ではなく、社会的・心理的に深刻な健康課題です。本レビューは、悲嘆の多様な様相と対処法を明確にし、臨床現場や社会制度に新たな視座を与えています。ペットと人間の絆が今後も強まる社会において、こうした知見は飼い主の心のケアに欠かせない基盤となるでしょう。


参考文献

Park RM, Royal KD, Gruen ME. A Literature Review: Pet Bereavement and Coping Mechanisms. Journal of Applied Animal Welfare Science. 2021; Published online June 7. doi:10.1080/10888705.2021.1934839

タイトルとURLをコピーしました