糖分摂取が健康に及ぼす影響については、これまで多くの研究がなされてきましたが、その議論は主に砂糖入り飲料に集中していました。今回、スウェーデンの69,705人を対象とした大規模な前向きコホート研究が、加糖摂取全体と7つの心血管疾患(虚血性脳卒中、出血性脳卒中、心筋梗塞、心不全、大動脈弁狭窄症、心房細動、腹部大動脈瘤)の発症リスクとの関連を調査し、新たな知見をもたらしました。この研究は、加糖摂取の形態や量、さらには疾患ごとに異なる影響を示し、単純な二元論を超えた多面的な理解を提供します。
方法、対象者
研究対象集団は、69,705人の参加者(女性47.2%)で構成され、平均BMIは25.3 kg/m
2、平均年齢は59.9歳(45〜83歳)、ベースラインでの平均添加糖摂取量は9.1 E%でした。
1997年と2009年に質問票に基づく食事と生活習慣の評価が実施されました。2019年12月31日までの虚血性脳卒中(n = 6,912)、出血性脳卒中(n = 1,664)、心筋梗塞(n = 6,635)、心不全(n = 10,090)、大動脈弁狭窄症(n = 1,872)、心房細動( n = 13,167)、および腹部大動脈瘤(n = 1,575)の確認には国家登録が使用されました。
加糖飲料の明確なリスク
過去の多くの研究が示してきた通り、この研究でも示された点の1つは加糖飲料の影響です。甘味飲料の摂取量が週8回以上になると、虚血性脳卒中で19%、心不全で18%、心房細動で11%、腹部大動脈瘤で31%もリスクが増加しました。液体である加糖飲料は固形食品と比べて満腹感を与えにくく、エネルギー摂取過多を引き起こすことが知られています。さらに、液体糖分は消化が速く、血糖値を急激に上昇させ、インスリン抵抗性や炎症性サイトカイン(IL-6やTNF-αなど)の増加を通じて動脈硬化を進展させる可能性があります。
また、人工甘味料入り飲料に関しても、虚血性脳卒中と心不全のリスク増加が確認されました。この現象は、人工甘味料が腸内細菌叢に影響を与え、糖代謝に悪影響を及ぼす可能性があることを示唆しています。ただし、因果関係についてはさらなる研究が必要です。
菓子類とリスクの逆相関
一方で、興味深いことに、菓子類(チョコレート、アイスクリーム、焼き菓子など)の摂取量が少ない場合、心血管疾患のリスクが高いという逆相関が観察されました。例えば、菓子類の摂取、おやつが週2回以下の群では、心不全や心房細動、大動脈弁狭窄症のリスクが有意に高い結果となりました。なんと!
この現象は、菓子類摂取が社会的つながりを象徴する行動であり、特にスウェーデンの”Fika”文化において、これがストレス軽減や精神的健康に寄与している可能性があります。ストレスホルモンであるコルチゾールの慢性的な増加が、血圧上昇や血管内皮機能の低下を引き起こすため、菓子類を介した社交的な活動がリスク低減に影響を与えているのかもしれません。
菓子類とリスクの逆相関のメカニズム(仮説)
菓子類の摂取量が少ない場合に心血管疾患リスクが高いという逆相関については、以下のような仮説的なメカニズムが考えられます。ただし、これらの説明はあくまで推測であり、さらなる研究が必要です。
1. 社会的要因
- 「Fika(お茶会)」の文化:スウェーデンでは、友人や家族と一緒に菓子類を摂取する「Fika」という社交的な習慣があります。このような場はストレス軽減や社会的つながりを促進し、結果として心血管疾患のリスクを低下させる可能性があります。
- 社会的孤立:菓子類の摂取が少ないことが、社会的孤立の指標となる場合、孤立そのものが心血管疾患のリスクを高める可能性があります。
2. 栄養素バランス
- 代替食品の影響:加糖菓子類を控える場合、代わりに高脂肪や高塩分の食品(例えばスナック菓子や加工食品)を摂取している可能性があります。これが心血管疾患のリスクを高めているかもしれません。
- チョコレート:加糖菓子類にはチョコレートも少なからず含まれていると思われます。カカオ成分の高いチョコレートは、心臓血管系に好影響を与えることがわかっています。
- 栄養素の不足:極端に低い加糖摂取が、必須栄養素(例えばビタミンB群など)の摂取不足につながり、これがリスクを増加させている可能性があります。
3. カロリー摂取とエネルギー不足
- エネルギー摂取不足:菓子類を極端に制限する人は、全体的なエネルギー摂取が不十分であり、慢性的なエネルギー不足が代謝を低下させたり、体力や回復力を低下させることで、リスクを増大させる可能性があります。
4. 生活習慣との関連
- 極端なダイエットの影響:菓子類の摂取を過度に避ける人は、極端な食事制限や不均衡な食生活を送っている可能性があります。このような行動は、全体的な健康状態に悪影響を及ぼす場合があります。
- 環境要因:生活に時間的、経済的余裕がなくおやつを摂取できない可能性もあるかもしれません。そのような方は、ストレスを多く抱え心血管系リスクが高まる可能性があります。
- 運動不足やその他の要因:菓子類摂取が少ないことが、同時に運動不足や他の健康リスク行動(喫煙や過度のアルコール摂取など)と関連している可能性があります。
5. 心理的・行動的要因
- ストレス軽減効果:適度な甘いものの摂取が、ストレス軽減や気分改善に寄与する可能性があります。菓子類を控えることでストレスホルモン(コルチゾール)が慢性的に高くなり、それが血管への悪影響を及ぼす可能性があります。
- 満足感の欠如:適量の菓子類を楽しむことが精神的な満足感を生み、健康的な食生活全体を維持する助けになる可能性があります。
6. 遺伝的または生物学的要因
- 遺伝的要因:一部の人は、糖質に関連する代謝経路において遺伝的な違いがある可能性があります。これが、菓子類の摂取量と心血管疾患リスクの逆相関に影響を及ぼす可能性があります。
- 腸内細菌叢:菓子類の適量摂取が腸内細菌叢に良い影響を与える可能性があり、腸内環境の改善が全身の健康に寄与している可能性があります。
加糖摂取全体の影響
加糖全体の摂取量については、適度な摂取がリスク低下に寄与する可能性が示唆されました。加糖摂取が全エネルギー摂取量の5-7.5%Eの範囲では、虚血性脳卒中で8%、心筋梗塞で5%、心不全で9%、心房細動で7%リスクが低下しました。一方で、摂取量が20%Eを超えると、腹部大動脈瘤のリスクが31%増加しました。
このような差異は、加糖摂取が心血管疾患に対して一律に悪影響を及ぼすわけではないことを示しています。適量の加糖摂取は、食事全体の多様性や満足感を高め、過剰な飽和脂肪摂取を抑制する可能性があります。また、エネルギー不足や栄養素欠乏を防ぐという点でも有益であると考えられます。
分子生物学的メカニズム
加糖摂取が疾患ごとに異なる影響を及ぼす理由として、分子生物学的なメカニズムが関与している可能性があります。
- フルクトース代謝の特異性
加糖の主要成分であるショ糖は、グルコースとフルクトースで構成されます。特にフルクトースは肝臓で代謝され、過剰摂取によりトリアシルグリセロールの合成を促進し、結果として高脂血症や脂肪肝、動脈硬化を引き起こすことが報告されています。 - 炎症反応の誘発
高血糖状態は、血管内皮細胞での活性酸素種(ROS)の生成を増加させ、核因子κB(NF-κB)経路を活性化します。これにより、IL-6やTNF-αなどの炎症性サイトカインの発現が増加し、動脈硬化や血管障害を進行させます。 - 腸内細菌叢との関連
高糖質食が腸内細菌叢の多様性を低下させることが示されています。腸内細菌の変化は腸管透過性を高め、内毒素血症(エンドトキシンの血中濃度上昇)を引き起こし、全身性の炎症を誘発する可能性があります。
公衆衛生へのインパクト
この研究の結果は、加糖摂取に関する単純な「良い/悪い」の議論ではなく、摂取量や種類、摂取の背景にある社会的・文化的要因を考慮する重要性を示しています。特に以下の点が、公衆衛生政策や個人の食生活の見直しに寄与するでしょう:
- 加糖飲料の摂取制限:甘味飲料の摂取を週1回以下に制限することで、虚血性脳卒中や心不全のリスクを大幅に低減できる可能性があります。
- 適量の菓子類摂取:週2回以上の菓子類摂取は、心血管疾患リスクの低下に寄与する可能性があるため、極端な制限は避けるべきです。(しかし過剰摂取もお勧めしません)
- 加糖摂取の適量化:加糖摂取を5-7.5%Eに抑えることで、健康リスクを最小限に抑えながら、食事の満足感を維持できます。
結論
加糖摂取は、その量や種類、そして個々の生活環境や文化的背景に応じて、健康に対する影響が異なります。ただ、加糖飲料が我々に悪影響を及ぼすという点は一貫しているようです。加糖飲料を減らしつつ、適量の菓子類を楽しむことが、心血管疾患リスクの低下と食生活のバランス維持に寄与する可能性があります。最新の科学的知見を基に、柔軟かつ実践的な栄養管理を心がけることが、健康長寿への鍵となるでしょう。
参考文献
Janzi, Suzanne; González-Padilla, Esther; Ramne, Stina; Bergwall, Sara; Borné, Yan; Sonestedt, Emily (2024). Added sugar intake and its associations with incidence of seven different cardiovascular diseases in 69,705 Swedish men and women. Frontiers. Collection. https://doi.org/10.3389/fpubh.2024.1452085