最近、タイでマッサージによる致死的トラブルが散見されるとの報道がありました。
整体やマッサージは、心身の健康を維持するための重要な方法として広く受け入れられていますが、一部の施術には潜在的なリスクも存在します。特に、カイロプラクティックによる脊椎操作療法(SMT)が椎骨脳底動脈解離(VBA)や脳卒中の発生に関連している可能性は、学術的にも指摘されています。ここでは、複数の論文をもとに、SMTのリスクとその安全性に関し考察します。
主な研究の要点
Rothwellら(2001)の研究
- 対象:1993年から1998年のオンタリオ州のデータを使用し、582例のVBA症例と2328例の対照群を比較。
- 結果:45歳未満の患者では、発症1週間以内にカイロプラクティック治療を受けた場合のVBAリスクが5倍高い(オッズ比5.03, 95% CI 1.32–43.87)。
- 治療頻度の影響:1か月以内に3回以上の治療を受けた患者では、リスクがさらに高まる(オッズ比4.98, 95% CI 1.34–18.57)。
- 発生率:年間100,000人中1.3例がSMTに関連してVBAを発症する可能性。
- 結論:特に若年者におけるリスクを明確に示した。
Ernst(2007)の系統的レビュー
- 対象:2001年から2006年までの研究を分析し、32件のケースレポート、4件のケースシリーズ、2件の前向き研究を含む。
- 結果:
- 軽度から中等度の副作用(頭痛、局所不快感、疲労感など)が30%から61%の頻度で発生。
- SMTと椎骨動脈解離や脳卒中の関連性が指摘されるが、発生率は極めて稀。
- リスク要因:特に首の回旋や高速度低振幅(HVLA)の手技が関連する可能性。
- 結論:SMTの安全性を支える重要なレビュー。
Smithら(2003)の研究
- 対象:60歳以下の患者を対象にしたケースコントロール研究。
- 結果:
- SMT直後から24時間以内のVBAリスクが最も高い。
- 高速度低振幅(HVLA)の手技が特に動脈解離を引き起こす可能性。
- 結論:SMTのリスクは施術直後に集中しており、施術者の技術が重要な影響を与える。
その他の研究(2008年までのケーススタディ)
- 対象:複数のケーススタディを統合。
- 結果:
- 椎骨動脈解離は特に若年者に多く、軽微な外力(例:くしゃみや日常の首の動き)がリスク要因になることが示唆される。
- SMT以外の治療法(運動療法や薬物療法)との比較ではリスク評価が不十分。
- 結論:患者のスクリーニングとリスク管理の重要性が強調された。
動脈解離の病態
動脈解離は血管壁の内層が裂けることで発生し、異常な血流が血管を膨張させたり血栓を形成したりします。この過程には、以下のような要因が関与しています:
- コラーゲンとエラスチンの異常
血管壁の主要構成成分であるこれらのタンパク質が欠陥を持つ場合、血管が外力に対して脆弱になる可能性があります。 - 炎症と酸化ストレス
高ホモシステイン血症や慢性的な炎症が血管内皮細胞を損傷し、動脈解離のリスクを高めます。 - 血管の解剖学的構造
椎骨動脈は特に首の回旋や伸展によるストレスに敏感であり、外力による損傷のリスクが高いとされています。特にSMTの高速度低振幅(HVLA)の操作がこれに関連している可能性があります。
SMTの手技とリスクの関係
以下の手技が特にリスクが高いとされています:
- 高速度低振幅(HVLA)の回旋操作
- 頸椎の急激な回旋や伸展を伴う手技。
- 血管壁に強い力がかかり、動脈解離の引き金となる可能性。
- 過剰な力を伴う伸展操作
- 特に患者の解剖学的脆弱性を考慮せずに行われる場合にリスクが高まる。
- 反復的な首の牽引や圧迫
- 頸椎の繰り返し操作が血管の疲労を引き起こす可能性。
リスク回避のための指針
これらの研究結果から、SMTには一定のリスクが伴うことが明らかになりましたが、その頻度は極めて稀であることも示されています。以下のポイントを考慮することで、安心して施術を受けることが可能です:
施術者の選択
- 資格と経験を持つ信頼できる施術者を選び、治療の前にリスクと利益について十分な説明を受けることが重要です。
症状の観察と迅速な対応
- 突然の激しい頭痛や首の痛みを感じた場合は、直ちに医療機関を受診してください。これにより重大な合併症を回避することができます。
リスクと利益の評価
- 治療前に施術者とリスクについて十分に話し合い、インフォームドコンセントを得ることを推奨します。患者自身が十分な情報を持ち、意思決定に関与することが重要です。
適切な代替治療の検討
- 一部の症状に対しては、運動療法や薬物療法が有効な場合もあります。施術者と相談の上で最適な治療法を選択してください。
結論:リスクと安全性を科学的に理解する
SMTは、多くの患者にとって有益で効果的な治療法である一方、特に若年者における稀なリスクが存在します。科学的なエビデンスに基づき、施術者と患者が協力して適切な判断を下すことで、安全かつ効果的な健康管理を実現することが可能です。信頼できる情報をもとに、整体やマッサージを安心して楽しみましょう。
参考文献
- Rothwell, D. M., Bondy, S. J., & Williams, J. I. (2001). Chiropractic manipulation and stroke: A population-based case-control study. Stroke, 32(5), 1054-1060.
- Ernst, E. (2007). Adverse effects of spinal manipulation: A systematic review. Journal of the Royal Society of Medicine, 100(7), 330-338.
- Smith, W. S., Johnston, S. C., & Easton, J. D. (2003). Spinal manipulative therapy is an independent risk factor for vertebral artery dissection. Neurology, 60(9), 1424-1428.
- Cassidy JD, Boyle E, Côté P, He Y, Hogg-Johnson S, Silver FL, Bondy SJ. Risk of vertebrobasilar stroke and chiropractic care: results of a population-based case-control and case-crossover study. Spine (Phila Pa 1976). 2008 Feb 15;33(4 Suppl):S176-83. doi: 10.1097/BRS.0b013e3181644600. Erratum in: Spine (Phila Pa 1976). 2010 Mar 1;35(5):595. PMID: 18204390.