器質的心疾患がない人の心室性期外収縮(PVC)と予後

心拍/不整脈

はじめに

心室性期外収縮(Premature Ventricular Contractions, PVC)は、日常診療でよく遭遇する不整脈の一つです。PVCは器質的心疾患を持つ患者において予後不良と関連することが広く認識されていますが、器質的心疾患がない場合の臨床的意義については、未だ議論が分かれています。今回、ストックホルムの研究グループが発表した論文では、器質的心疾患を持たないPVC患者の予後を、5年間の追跡調査を通じて検討しました。

研究の背景と目的

PVCは心室の異常な電気活動によって引き起こされるもので、健常人でも心電図(ECG)上に認められることがあります。過去の研究では、PVCの頻度が高いほど、心不全や突然死のリスクが上昇することが示唆されてきました(Dukes et al., 2015; Baman et al., 2010)。しかし、これらの研究の多くは、器質的心疾患の有無を厳密に評価できておらず、潜在的な心疾患を持つ患者が含まれていた可能性があります。

今回の研究では、器質的心疾患のないPVC患者を対象に、

  • 総死亡率
  • 心血管疾患の発症率

を一般集団と比較し、PVC単独の予後への影響を明確にすることを目的としました。

研究デザインと方法

本研究はストックホルムの二次医療機関で2010年から2016年にかけて診断されたPVC患者を対象にした後ろ向きコホート研究です。ICD-10コード(I49.3)を用いて電子カルテから患者を抽出し、以下の基準を満たす820名を研究対象としました。

  • 既往に心筋梗塞、心不全、心停止、弁膜症、心臓手術歴がない
  • 心エコーで左室駆出率(LVEF)が55%以上であり、心筋症など器質的異常の所見がない
  • 運動負荷試験で虚血性変化を認めない

このPVC群と年齢・性別をマッチングさせた一般集団(n = 3,264)を対照群とし、中央値5.2年の追跡を行いました。

主な結果

総死亡率

  • PVC群では24人(3%)が死亡し、死亡率は5.7/1,000人・年でした。
  • 対照群では194人(6%)が死亡し、死亡率は11.9/1,000人・年でした。
  • Cox比例ハザードモデルでは、PVC群の死亡リスクは対照群よりも低かった(HR 0.44, 95% CI 0.27–0.72)。

この結果は、従来の「PVCは死亡率を高める」という見解とは異なり、器質的心疾患がなければPVCは直接的な死亡リスクを増加させない可能性を示しています。

心血管疾患の発症率

  • PVC群では、心血管疾患(狭心症、心筋症、心不全、心室頻拍など)の発症率が12.1/1,000人・年でした。
  • 対照群では7.4/1,000人・年でした。
  • PVC群の心血管疾患リスクは、対照群よりも約1.5倍高かった(HR 1.53, 95% CI 1.06–2.21)。

PVCの頻度と予後の関連

  • 1日あたりのPVC数と死亡率の間に明確な関連は認められませんでした。
  • しかし、心不全の進行リスクとの関連については、さらなる研究が必要とされています。

研究の限界(Limitations)

本研究にはいくつかの限界(limitations)があります。これらの限界は、結果の解釈や今後の研究の方向性を考える上で重要なポイントです。


対象集団の選択バイアス

本研究のPVCs患者は、ストックホルム県の二次医療センターで診断された患者を対象としています。このため、以下のような選択バイアスが生じる可能性があります。

  • 地域的な偏り: ストックホルム地域の患者が中心となっているため、他の地域や国の患者には必ずしも当てはまらない可能性があります。
  • 医療アクセスの影響: 二次医療センターを受診する患者は、症状が重いか、あるいは何らかの理由で医療アクセスが容易な患者である可能性があります。これにより、無症候性のPVCs患者や医療アクセスが限られた患者が含まれていない可能性があります。

これらの点から、本研究の結果を一般化する際には注意が必要です。


PVCsの診断方法

本研究では、PVCsの診断はICD-10コード(149.3)に基づいて行われました。ICDコードは診断の正確性が高いとされていますが、以下のような限界があります。

  • 診断の正確性: ICDコードに基づく診断は、医療記録の正確性に依存します。誤診や記録漏れがある場合、結果に影響を与える可能性があります。
  • 対照群におけるPVCsの存在: 対照群には、PVCsを持っているが診断されていない患者が含まれている可能性があります。これにより、PVCs群と対照群の比較が正確でなくなる可能性があります。

追跡期間の限界

本研究の追跡期間は中央値5.2年であり、比較的短期間の予後を評価しています。PVCsが長期的な心血管疾患や死亡率に与える影響を評価するためには、より長期間の追跡が必要です。特に、PVCsが長期的に心機能に与える影響(例えば、心筋症や心不全の発症)を評価するためには、10年や20年といった超長期の追跡が求められます。


PVCsの負荷に関するデータの不足

本研究では、PVCsの1日あたりの発生回数(PVC burden)に関するデータが670人の患者のみで利用可能でした。このため、PVCsの負荷が予後に与える影響を詳細に評価するための十分なデータが得られなかった可能性があります。特に、PVCsの負荷が非常に高い患者(例えば、1日あたり20,000回以上)の予後を評価するためには、より多くのデータが必要です。


併存疾患や薬物使用の影響

本研究では、併存疾患(高血圧、糖尿病、がんなど)や薬物使用(ベータブロッカー、利尿薬など)を統計的に調整していますが、完全にこれらの影響を排除することは困難です。特に、以下の点が限界として挙げられます。

  • 未測定の交絡因子: 本研究では測定されていない交絡因子(例えば、喫煙歴、アルコール摂取、運動習慣など)が結果に影響を与えている可能性があります。
  • 薬物使用の影響: PVCs患者の多くはベータブロッカーや抗不整脈薬を服用していますが、これらの薬物が予後に与える影響を完全に調整することは困難です。

対照群の選択

本研究の対照群は、年齢と性別をマッチさせた一般人口から選ばれていますが、以下のような限界があります。

  • 心血管疾患の既往: 対照群には心血管疾患の既往がある患者が含まれているため、PVCs群との比較が複雑になっています。特に、心血管疾患の既往がある対照群を除外した分析では、PVCs群の心血管疾患発症リスクが高くなりましたが、これはPVCs患者が心臓専門医によるフォローアップを受けているため、早期に心血管疾患が診断される可能性が高いことを示唆しています。
  • 外部妥当性の低下: 対照群から心血管疾患の既往がある患者を除外した場合、結果の外部妥当性(一般人口への適用性)が低下する可能性があります。

分子生物学的メカニズムの欠如

本研究は、臨床的な予後を評価することを主な目的としていますが、PVCsの分子生物学的メカニズムや遺伝的要因については触れられていません。PVCsがなぜ発生するのか、その根本的なメカニズムを理解するためには、分子生物学や遺伝学的研究が必要です。これにより、PVCsのリスク層別化や個別化医療への応用が可能になるかもしれません。


無症候性PVCs患者の評価不足

本研究では、無症候性のPVCs患者も含まれていますが、無症候性患者の割合やその予後についての詳細な分析は行われていません。無症候性のPVCs患者は、症状がないため医療機関を受診しない可能性が高く、このような患者の予後を評価するためには、より広範なスクリーニングが必要です。


死亡原因の詳細な分析の欠如

本研究では、死亡原因を大まかに分類していますが、詳細な分析(例えば、心血管死と非心血管死の区別)は行われていません。特に、PVCsが心血管死に与える影響を評価するためには、より詳細な死亡原因の分析が必要です。


結論

構造的心疾患のないPVCs患者は、心エコー検査と運動負荷試験で異常が認められない場合、一般人口と比較して予後が悪くないことが明らかになりました。これにより、患者は安心して定期的なフォローアップを受けることができます。

ただし、追跡期間が短いことに関しては注意が必要です。より長期の研究結果が待たれます。

参考文献

Scorza R, Jonsson M, Friberg L, Rosenqvist M, Frykman V. Prognostic implication of premature ventricular contractions in patients without structural heart disease. Europace. 2023;25(4):517-525. doi:10.1093/europace/euac184

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