はじめに
現代医学において、心血管疾患の予防は健康維持の重要な柱となっています。特に冠動脈疾患は世界的に主要な死因の一つであり、早期発見と適切な介入が予後を大きく左右します。冠動脈カルシウムスコア(Coronary Artery Calcium Score: CAC)は、無症状の段階で冠動脈プラークの存在を評価できる非侵襲的な検査法として注目を集めています。本稿では、最新の研究知見に基づき、CACの臨床的意義、評価方法、そして実践的な活用法について解説します。
冠動脈カルシウムとは何か
冠動脈プラークは石灰化した成分と非石灰化した成分から構成されています。コンピュータ断層撮影(CT)は、このうち石灰化したプラーク成分を検出し定量化することができます。この石灰化は加齢とともに増加し、同年齢でも女性より男性の方が高頻度で認められます。
米国の3つの研究から集められた30歳から45歳までの冠動脈疾患のない無症状の19,725人を対象とした調査では、21%の人々にCAC(カルシウムスコア>0)が検出されました(心電図同期CT)。また、多民族動脈硬化研究(Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis: MESA)において45歳から84歳の冠動脈疾患のない無症状の6,110人を対象とした調査では、加齢とともにCACの存在率と蓄積量が増加することが示されました。55歳未満の男女では半数以上がCAC=0でしたが、80歳以上では80%以上の人々に何らかのCACが検出されています。
アガットストンスコア(Agatston score)
CACを検出・定量化する標準的な方法は、心電図同期型心臓CT(gated cardiac CT)です。これは患者の心電図を用いてCT撮影のタイミングを調整し、画質を向上させる技術です。心電図同期を行わないCT撮影でもCACは検出可能ですが、精度は劣ります。
CACはアガットストンスコア(Agatston score)で定量化されます。これは全冠動脈内の全ての石灰化病変のCT値(ハウンスフィールド(HU)単位)と面積の総和です。スコアは0(石灰化プラークなし)から1000以上(広範な石灰化動脈硬化)まで分布し、特定の最大値はありません。
心電図同期CTにより、冠動脈の石灰化領域を130HU以上として抽出し、面積とX線吸収係数(HU)に基づく重み付けを行います。130〜199HUなら1点、200〜299HUなら2点といった具合に重み付けを行い、全冠動脈の合計スコアを算出します。スコア0なら石灰化なし、1000以上なら高度石灰化です。
ここで特筆すべきは、「石灰化」はリモデリングされた安定プラークの指標であると同時に、動脈硬化が不可逆的に進展した証でもあることです。
単なる狭窄の有無ではなく、「動脈硬化そのものの負荷」を反映する点が、従来の狭窄診断と大きく異なる点です。
CACスコアが予測する未来
CTで得られたアガットストンスコアは冠動脈動脈硬化の程度を表し、複数の大規模研究において将来の動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)と強い関連が示されています。
MESAのデータを用いた分析では、CACスコアが300アガットストン単位を超える人々の10年間のASCVDイベント(心筋梗塞、脳卒中、蘇生された心停止、および心臓死と定義)発生率は13.1%から25.6%(男性と高齢者で高率)であり、CACスコア0の人々の1.3%から5.6%と比較して著しく高値でした。CACスコアが2倍高いごとに、ASCVD発症リスクは相対的に14%上昇します。
一方、MESAの参加者においてCACスコア0の場合、2019年のアメリカ心臓協会(AHA)/アメリカ心臓病学会(ACC)の一次予防ガイドラインで予測10年リスクが7.5%以上でスタチン療法が推奨される人々でさえ、ASCVD発生率は低い(1000人年あたり5.2イベント)ことが示されています。
2019年ACC/AHA予防ガイドラインでは、10年ASCVDリスク5%〜20%の「境界リスク」や「中等度リスク」層に対し、CACスコアがスタチン開始の意思決定に重要な役割を果たすと明記されています。
特にCACスコアが100以上の場合、スタチン開始の強い推奨がなされます。
日本の現状;偶然発見される冠動脈石灰化
胸部CTから見えてくる「動脈硬化のサイン」
日本において「冠動脈カルシウムスコア(CACスコア)」という言葉は、必ずしも一般的ではありません。
米国では心電図同期CT(ECG-gated CT)を用いたCACスコア測定が一次予防のリスク層別化ツールとして定着しつつありますが、日本ではその認知度も実施率も極めて低いのが現状です。
一方で、胸部CT検診や肺がん検診で、偶然発見される冠動脈石灰化(Incidentally Detected CAC)は決して珍しいものではありません。
現場の医師が偶然見つけるこの所見を、単なる付随所見として流してしまうのか、あるいは未来の心血管イベントを防ぐための「見逃せないサイン」として読み解くのか。この判断が、患者の未来を左右します。
なぜ心電図同期CTによるCACスコアが普及しないのか
日本では心臓CT検査自体は普及していますが、無症状者に対するCACスコア測定は保険適用外です。
さらに、2023年改訂の日本動脈硬化学会脂質管理ガイドラインでも、CACスコアはあくまで補助的検査とされており、積極的に推奨されているわけではありません。
そのため、非同期の胸部CT(通常の検診や肺がんCT)で偶然見つかる石灰化の方が、実際にはるかに多いのです。
この現実を踏まえると、非同期CTで偶然発見された冠動脈石灰化をどう評価し、どう管理するかが、日本の医療現場にとって非常に重要なテーマになります。
非同期CTで見つかる石灰化は、決して「おまけ」ではない
非同期CTで検出された冠動脈石灰化も、動脈硬化の確かなサインです。
実際、米国のNational Lung Screening Trial(NLST)では、70%以上の肺がん検診受診者に何らかの冠動脈石灰化が見つかり、その重症度に応じて冠動脈疾患(CHD)死亡リスクが最大6.63倍にまで上昇していました。
特に、CACスコアが1000を超える重度石灰化群では、この傾向が顕著です。
重要なのは、「症状がない=安全ではない」という視点です。
無症状でも、非同期CTで中等度以上の石灰化が見つかれば、少なくとも動脈硬化の進展は相当進んでいると考えるべきです。
正確なスコア化が難しくても「サイン」を読み解く
非同期CTは心電図同期がないため、Agatstonスコアのような定量評価は難しいです。
しかし、読影レポート上では「軽度」「中等度」「高度」といった定性的な表現が記載されることが多く、その情報だけでもリスク層別化に活用できます。
特に、40歳以上で以下のような条件に当てはまる場合、積極的にリスク管理を強化するサインと考えるべきです。
- 中等度以上の冠動脈石灰化(特に左前下行枝や左主幹部)
- 高血圧、脂質異常症、糖尿病など既存リスク因子あり
- 喫煙歴や家族歴(早発冠動脈疾患)あり
定性的評価の目安(非同期CTの場合)
表現 | 石灰化の範囲・程度(目安) | 参考CACスコア(目安) |
---|---|---|
軽度(Mild) | 限られた部位に小さな石灰化を認める。1〜2ヶ所の局所性病変。 | 1〜99程度 |
中等度(Moderate) | 複数の冠動脈に石灰化を認め、面積・厚みが比較的大きい。 | 100〜399程度 |
高度(Severe) | 多くの冠動脈に広範な石灰化を認め、連続性もあり、明らかに高度な動脈硬化。 | 400以上 |
補足
- 上記の「参考CACスコア」は非同期CTでは実際には測定できませんが、ECG同期CTで測定した場合の目安として示しています。
- 「軽度」は局所性の小さな石灰化に相当し、非石灰化部分がまだ広く残っている段階です。
- 「中等度」は石灰化範囲が拡がり、複数の枝で明らかなプラーク形成を伴う状態です。
- 「高度」は冠動脈全体にわたるびまん性石灰化を示唆し、明らかに高リスクと考えられます。
非同期CT発見の石灰化に基づくスタチン戦略
2025年のGlynnらの論文では、心電図同期CTによる正式なCACスコアを基準としつつも、偶発的に検出された石灰化の意義にも触れています。
特に、日本のようにCACスコア測定自体が普及していない環境では、非同期CTでの偶発所見をどう解釈し、どう行動につなげるかが極めて重要です。
実際、欧米でも以下のような実践的な対応が推奨されつつあります。
- 軽度石灰化:生活習慣改善を中心に、定期的なリスク評価
- 中等度石灰化:リスク因子評価を強化し、必要に応じてスタチン導入を検討
- 高度石灰化:原則としてスタチン開始を強く推奨
特に日本では、「偶発的に見つかった所見なので無視して良い」と判断されるケースもありますが、それは未来の心筋梗塞や脳卒中リスクを見逃すことにつながります。
無症状者でも「偶発的CAC」は、生活習慣介入やリスク精査の契機にすべきです。
CACスコアと分子生物学的視点 〜石灰化プラークの本質とは〜
冠動脈プラークが石灰化する背景には、マクロファージの泡沫化と炎症の鎮静化があります。
プラーク内では破綻したコラーゲンや酸化LDLに対し、M2マクロファージがコラーゲン合成と石灰化を促進します。
石灰化そのものは安定化の証ですが、そこに至るまでの炎症暴露歴が「血管年齢」を刻みます。
このように、CACスコアは「血管の履歴書」とも言える指標です。
分子レベルでの動脈硬化進展度を、画像というマクロ指標に置き換えることで、目に見える未来予測が可能になるのです。
明日からできること
日本の現状ですとCACスコアを活用することは難しいと思われます。非同期の胸部CT(通常の検診や肺CTなど)で偶然見つかる石灰化が主です。その場合、
- 胸部CTの読影レポートで「冠動脈石灰化」所見があれば見逃さず、更なるリスク評価の機会とする。
- リスク因子を再評価し、石灰化があれば必要に応じて脂質管理やスタチン導入を検討する。
- 必要に応じ、更なる精査、例えば造影冠動脈CTを行い、リスク層別化をより正確に行うのも一案。
- 「将来の心筋梗塞のサインが見つかった」と考え、生活改善や治療介入へのモチベーションを高める。
まとめ
日本では、心電図同期CTによる冠動脈カルシウムスコア(CACスコア)測定が普及しておらず、リスク層別化のツールとして定着しているとは言えません。
しかし、胸部CT検診や肺がん検診で偶然発見される冠動脈石灰化(Incidentally Detected CAC)は、動脈硬化の進行を示す重要なサインです。
非同期CTではAgatstonスコアのような精緻な数値化は困難ですが、「軽度」「中等度」「高度」という定性的な読影情報だけでも、患者の将来リスクを読み解き、適切な介入へとつなげる大きな価値があります。
特に中等度以上の石灰化が見つかった場合には、脂質管理や生活習慣改善に加え、積極的にスタチンを含む薬物療法を検討することが、心血管イベント予防に有効です。
非同期CTから始まるリスク層別化という日本独自の流れを、単なる偶然の発見で終わらせず、「未来の心筋梗塞を未然に防ぐチャンス」として活用することが、日本の医療現場に求められています。
参考文献
Glynn P, Khan SS, Greenland P. Cardiac CT Calcium Score. JAMA. Published online March 5, 2025. doi:10.1001/jama.2025.0610.