食品リテラシーと食事動機が食事の質と肥満に与える影響

食事 栄養

研究の背景と重要性

現代社会において、不適切な食習慣と肥満は主要な公衆衛生上の懸念事項です。2017年の世界疾病負担研究によれば、食事要因は成人の死亡の22%(1090万人)と障害調整生存年数(DALYs)の15%(2億5500万年)に関与しています。一方、高BMIは全死亡の8.4%(472万人)とDALYsの5.9%(1億4800万年)の原因となっています。

この研究は、食品リテラシー(食に関する知識・技能・行動)と食事動機(食べる理由や動機)が、食事の質と肥満(一般的な肥満と腹部肥満)にどのように関連しているかを包括的に調査しています。従来の研究では、食品リテラシーや食事動機の特定の側面に焦点を当てたものが多く、また食事評価方法や交絡因子の考慮が不十分な場合がありました。本研究はこれらの限界を克服し、8つの食品リテラシードメインと15の食事動機を同時に評価し、4日間の秤量記録法による正確な食事評価を行っています。秤量食事記録とは、参加者が自分の食べたすべての食品や飲料を、実際に「重さを量って」記録する方法です。

研究方法

本研究は「Who, What, When, Where, and Why for Healthy Eating Study(5W研究)」のデータを用い、2023年2月から4月にかけて日本全国26都道府県で実施されました。

対象

日本全国の20〜69歳(平均年齢:44.3歳(標準偏差 13.9歳))の男女1055名(ボランティア)、疾患や特別な食事管理を受けていない人が対象。性別・年齢層ごとに均等にサンプリングされています。

研究デザインの特徴的な点

  • 食品リテラシー評価:29項目からなる自己認識食品リテラシー(SPFL)尺度を使用し、8つのドメイン(食品調理スキル、レジリエンスと抵抗力、健康的な間食スタイル、社会的・意識的な食事、食品ラベルの検討、日常の食事計画、健康的な予算管理、健康的な食品備蓄)を測定
  • 食事動機評価:45項目からなる短縮版食事動機調査(TEMS)を使用し、15の動機(好み、習慣、必要性と空腹、健康、便利さ、快楽、伝統的食事、自然への配慮、社交性、価格、視覚的訴求、体重管理、感情調整、社会的規範、社会的イメージ)を評価
  • 食事の質評価:4日間の秤量食事記録に基づき、Healthy Eating Index-2020(HEI-2020)を使用。
  • 肥満指標:BMI(一般肥満:≥25 kg/m²)とウエスト周囲径(腹部肥満:男性≥90 cm、女性≥80 cm)を測定

従来の研究と比べ、本研究は睡眠時間やクロノタイプ(体内リズムの個人差)など、これまで考慮されていなかった重要な交絡因子を調整している点が新規性です。

HEI-2020スコア(Healthy Eating Index-2020)

HEI-2020スコア(Healthy Eating Index-2020)は、アメリカの2020–2025年版食事ガイドライン(Dietary Guidelines for Americans)に基づいて、食事の「質(quality)」を100点満点で評価する指数です。単にカロリーや栄養素の量を見るのではなく、「どれだけバランスの取れた、推奨に即した食生活をしているか」を測るために設計されています。

スコアの目安は以下の通りです:

スコア範囲評価の目安
80〜100点非常に良好(健康的な食生活)
60〜79点中程度(改善の余地あり)
60点未満不十分(健康的とは言えない)

主要な研究結果

食事の質(Healthy Eating Index-2020)の平均スコアは50.7点と、米国のガイドラインに照らしても十分とは言えない値でした。

食事の質(HEI-2020)に関連する要因

食品リテラシー
  • 食品調理スキル(β=0.64):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.64ポイント上昇
  • 健康的な間食スタイル(β=1.62):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが1.62ポイント上昇
  • 食品ラベルの検討(β=0.72):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.72ポイント上昇
  • 健康的な予算管理(β=0.71):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.71ポイント上昇
  • 自然志向の食動機(β=0.75):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.75ポイント上昇

これらはいずれも、日々の実践に直結する行動であることが特徴です。特に「健康的な間食スタイル」とは、空腹を満たすためだけでなく、血糖値の急上昇を避けるための工夫(ナッツ類やヨーグルト、果物の選択など)を意味し、まさに実践的な知識と行動の融合を体現しています。

食事動機
  • 自然への配慮動機(β=0.75):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.75ポイント上昇
  • 便利さ動機(β=-0.45):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.45ポイント低下
  • 快楽動機(β=-0.62):1ポイント増加ごとにHEI-2020スコアが0.62ポイント低下

利便性(β −0.45)快楽(β −0.62)を主動機とする人は、明らかに食事の質が低下する傾向がありました。手軽さや味の楽しさばかりを優先すると、結果として栄養バランスが崩れるのです。これは、Uber Eatsやコンビニの多用がもたらす現代病の一側面とも言えるでしょう。

肥満に関連する要因

肥満と関連するリテラシーと動機が、食事の質に関連するものとは異なっていたという点は興味深いです。

一般肥満(BMI≥25 kg/m²)
  • レジリエンスと抵抗力(OR=0.72):1ポイント増加ごとに肥満リスクが28%減少
  • 健康動機(OR=0.62):1ポイント増加ごとに肥満リスクが38%減少
  • 「好み」動機(OR=1.37):1ポイント増加ごとに肥満リスクが37%増加
  • 体重管理動機(OR=1.27):1ポイント増加ごとに肥満リスクが27%増加
腹部肥満
  • 日常の食事計画(OR=0.84):1ポイント増加ごとに腹部肥満リスクが16%減少
  • レジリエンスと抵抗力(OR=0.76):1ポイント増加ごとに腹部肥満リスクが24%減少
  • 健康動機(OR=0.67):1ポイント増加ごとに腹部肥満リスクが33%減少
  • 「好み」動機(OR=1.32):1ポイント増加ごとに腹部肥満リスクが32%増加
  • 体重管理動機(OR=1.19):1ポイント増加ごとに腹部肥満リスクが19%増加

興味深いことに、体重管理を動機としている人ほど肥満リスクが高いという逆説的な結果が得られています。これは、すでに肥満である人が体重管理を意識している可能性や、不適切な体重管理方法を採用している可能性を示唆しています。

また、「レジリエンスと抵抗力」が高い人は、誘惑に打ち勝つ意志力や、感情的な食欲に対する制御力を備えており、肥満の予防に有利であると考えられます。これは単なる食事知識ではなく、自己制御という心理的資源の重要性を示唆しています。

実践的な応用:明日からできる行動変容

この研究結果を日常生活に活かすための具体的な方法を提案します。

食事の質を向上させるために

  1. 食品ラベルを読む習慣:加工食品を購入する際は、栄養表示を確認し、塩分・糖分・添加物の少ない製品を選ぶ
  2. 料理スキルの向上:週に1回は新しい健康的なレシピに挑戦し、調理技術を高める
  3. 間食の見直し:スナック菓子の代わりにナッツやフルーツ、ヨーグルトなどの健康的な選択肢を常備する
  4. 食費の予算管理:外食費を減らし、その分を新鮮な野菜や全粒穀物などの質の高い食材に回す

肥満予防のために

  1. レジリエンス(回復力)の強化:ストレス時にジャンクフードに走らないよう、代替手段(散歩、瞑想など)を準備する
  2. 食事計画の作成:週初めに1週間分の食事プランを作成し、買い物リストを作る
  3. 「好み」という動機の再考:高カロリー食品への嗜好を、徐々に健康的な選択肢へとシフトさせる
  4. 健康的な体重管理法の採用:極端なダイエットではなく、持続可能な食事改善と運動の組み合わせを実践する

研究の限界と今後の課題

この研究にはいくつかの限界があります:

  1. 横断研究デザイン:因果関係を確定できないため、縦断的研究による検証が必要
  2. サンプルの代表性:参加者はボランティアベースで、教育レベルや世帯収入が全国平均より高い傾向
  3. 尺度の文化的適応:オランダやドイツで開発された尺度を日本語に翻訳使用しており、文化的な違いが影響している可能性
  4. 内的一貫性の課題:レジリエンスと抵抗力(Cronbach’s α=0.57)、社会的・意識的な食事(同0.51)など、一部の尺度で信頼性が低い

今後の研究では、より代表的なサンプルを用いた前向き研究や介入研究が必要です。また、食品リテラシーと食事動機が食事行動に影響を与えるメカニズムや、社会経済的地位による違いについても調査が求められます。

結論と公衆衛生への示唆

この研究は、食品リテラシーと食事動機が食事の質と肥満に異なる影響を与えることを明らかにしました。食事の質の向上には調理スキルや食品ラベルの理解など実践的なスキルが重要である一方、肥満予防にはレジリエンスや食事計画など自己管理能力が鍵となります。

公衆衛生施策においては、単一のアプローチではなく、多面的な介入が必要です。個人レベルの教育に加え、健康的な食品がアクセスしやすく手頃な価格で提供される環境整備も重要です。特に、体重管理を意識している人々に対しては、適切な方法論を提供するプログラムが必要でしょう。

「健康のために知識を得る」ことは重要ですが、それだけでは食行動は変わりません。意味(モチベーション)、環境(アクセス可能性)、技能(調理・計画力)が相互に絡み合って、初めて持続可能な食行動が生まれます。

参考文献

Murakami, K., Shinozaki, N., Livingstone, M. B. E., Masayasu, S., & Sasaki, S. (2025). Food literacy and eating motivation in relation to diet quality and general and abdominal obesity: A cross-sectional study. Appetite, xxx(xxxx), xxx. https://doi.org/10.1016/j.appet.2025.107968

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