運動しても心拍数が上がらない;変時不全(Chronotropic Incompetence)

心拍/不整脈

運動中に「なぜかすぐ息が切れる」「疲れやすい」と感じるのに、スマートウォッチを見れば心拍数は大して上がっていない。こうした現象に心当たりのある方は、もしかすると「変時不全(Chronotropic Incompetence:CI)」という状態に該当するかもしれません(変時性応答不全ということもあります)。これはあまり知られていませんが、特に心疾患を持つ人に多くみられる生理反応の異常です。

「変時不全」とは何か?

変時不全とは、運動やストレスに対して、心臓が適切に拍動数を増やせない状態を指します。診断基準は研究によりいくつかバリエーションがあるのですが、主に「chronotropic index」という指標が用いられ、これは(最大心拍数-安静時心拍数)のうち、どれだけ到達できたかを評価するものです。例えば年齢から算出される最大心拍数の85%未満しか到達できなければ、変時不全と診断されることが多いです。最大心拍数は通常「220 – 年齢」で計算されます。

β遮断薬を服用している方では心拍数が抑制されているため、Chronotropic Indexが62%以下であれば変時不全と見なされます。

このような状態は見逃されやすく、特に「スマートウォッチでは心拍数が低いのに、本人はとてもつらい」といった主観的な症状とのギャップがヒントになります。

変時不全のメカニズム

正常な心臓は運動中に一回拍出量と心拍数の両方を増加させます。健常者の最大有酸素運動では、心拍数は2.2倍、一回拍出量は1.3倍、動静脈酸素較差は1.5倍増加します。しかし、心不全では収縮予備能が失われるため、心拍出量増加は主に心拍数上昇に依存します。

変時不全は、洞結節(心拍を作り出すペースメーカー部位)の異常や、自律神経系の調節異常によって起こります。変時不全のメカニズムには以下が関与していると考えられています。

  1. β受容体のダウンレギュレーションとβ作動薬に対する心筋感受性の低下
  2. 末梢での変換機構(例:β受容体機能)の問題
  3. 自律神経系の不均衡(交感神経系と副交感神経系のバランス異常)

β受容体のダウンレギュレーションとβ作動薬に対する心筋感受性の低下(脱感作)

メカニズム: 心筋細胞の受容体レベルでの問題

  • 特徴: 心筋細胞表面のβ受容体の数が減少し、残った受容体の感受性も低下
  • 原因: 慢性的な交感神経系の過剰活性化(心不全患者ではノルアドレナリン等が常に高値)
  • 影響: 同じ量のアドレナリンやノルアドレナリンに対する反応が弱くなる
  • 例え: 「呼びかけに応える人の数が減り、聞こえる人も反応が鈍くなった状態」

末梢での変換機構(例:β受容体機能)の問題

メカニズム: 受容体以降のシグナル伝達経路の障害

  • 特徴: β受容体が刺激を受けた後の細胞内情報伝達経路の機能不全
  • 関連部位: Gタンパク質、アデニル酸シクラーゼ、cAMP、プロテインキナーゼAなど
  • 影響: 受容体が正常に刺激を受けても、その後の細胞内反応が適切に起こらない
  • 例え: 「電話は鳴るが、受けた後の指示が社内で正しく伝わらない状態」

自律神経系の不均衡(交感神経系と副交感神経系のバランス異常)

メカニズム: 中枢・末梢神経系レベルでの調節異常

  • 特徴: 交感神経と副交感神経のバランスが崩れる
  • 原因: 心不全による神経体液性因子の変化、圧受容体反射の鈍化など
  • 影響: 安静時の交感神経活性が過剰で、運動時の適切な反応が得られない
  • 例え: 「アクセルが常に踏まれた状態で、さらに踏み込む余地が少ない状態」

3つの違いの整理

問題の場所:

  • 1は心筋細胞表面の受容体自体の問題
  • 2は受容体から細胞内への信号伝達経路の問題
  • 3は神経系全体の調節機構の問題

階層的関係:

  • 3(自律神経系の不均衡)が最も上流の問題
  • 1(β受容体のダウンレギュレーション)は中間
  • 2(シグナル伝達経路の障害)は最も下流の問題

治療アプローチの違い:

  • 1と2:β遮断薬の長期投与によるβ受容体の上方制御と感受性回復
  • 3:運動療法、迷走神経刺激療法などによる自律神経バランスの改善

複合的な要因

上記の要因は互いに関連しており、多くの心不全患者では複数のメカニズムが同時に存在していることが一般的です。変時不全はこれらの複合的な要因によって引き起こされる複雑な病態です。

変時不全の有病率

変時不全は決して稀な現象ではありません。心不全患者の25〜70%に見られ、特にHFpEFでは70〜84%という高率が報告されています。健常者であっても、ある予防試験では70%の人が心拍予備能の80%に達しなかったとされています。

つまり、「心拍数が上がりづらい体質」は意外と一般的であり、それが病的であるか否かは、日常生活や運動時の困難さ、背景疾患によって判断されるべきなのです。

運動耐容能との関係

変時不全は、運動耐容能の指標であるVO2max(最大酸素摂取量)と明確に関連しています。

ある研究では、β遮断薬を服用中の心疾患患者140人を対象に調査が行われました。変時不全(CI)を有する群のVO2maxは18.3 mL/kg/min、非CI群では24.0 mL/kg/minと、明らかな差が出ました。また、Chronotropic IndexはVO2maxと正の相関を示し、変時不全の存在は運動能力のばらつきの大きな要因であることが明らかになりました。

ただし、変時不全が存在していても、それ自体が運動能力を決定しているわけではないという研究もあります。慢性心不全患者において、レート応答型ペースメーカーで心拍数を人工的に増加させても、VO2maxが改善しなかったというデータも存在しています。

つまり、「心拍数さえ上げれば疲れにくくなる」とは限らず、末梢の筋力や肺機能、血行動態なども複雑に関わっていると考えられます。

予後との関係──「心拍が上がらない人」はリスクが高い?

変時不全は、将来的な死亡率や心血管イベントのリスクを高める独立因子であることが分かっています。β遮断薬を服用中の3,700人以上の患者を対象にした研究では、Chronotropic Indexが62%以下の群で、全死亡リスクが約2倍(ハザード比1.94)に上昇していました。

心不全患者においても、変時不全の存在は入院頻度の増加や死亡率の上昇と関連しており、1980年代からその予後因子としての意義は指摘されてきました。

運動負荷試験中に適切な心拍数上昇が得られないという所見は、単なる一過性の異常ではなく、将来的なリスクの「赤信号」として臨床判断に活用されるべきです。

治療はできるのか?──薬、運動、ペーシング

β遮断薬の調整

HFpEFの患者において、β遮断薬の中止がVO2maxの明らかな改善をもたらしたという無作為クロスオーバー試験(PRESERVE-HR試験, 2021)が存在します。具体的には、2週間の中止によってVO2maxが12.2 → 14.3 mL/kg/minへと有意に改善しました。

ただし、HFrEF(駆出率が低下した心不全)ではβ遮断薬が予後改善の基本薬であり、簡単には中止できません。したがって、薬剤調整の可否は個々の患者背景に応じて慎重に判断する必要があります。

心臓リハビリ(有酸素運動)

心臓リハビリにより、自律神経のバランスや洞結節の反応性が改善し、Chronotropic Indexも改善することが複数の研究で報告されています。ある急性冠症候群後の患者群では、心臓リハビリによってChronotropic Indexが65%から78%に上昇し、METsも改善しました。

レート応答型ペースメーカー

洞不全や高度房室ブロックが背景にある場合、ペースメーカーが選択肢になります。2025年のメタ解析では、非心不全患者ではVO2maxを+1.35 mL/kg/min改善する効果が示されています。しかし、心不全患者に限るとこの効果は小さく、統計的にも有意ではありませんでした。

明日からできること──変時不全へのアプローチ

・「運動がつらいのに心拍数が上がらない」場合、スマートウォッチで記録を取り、かかりつけ医に相談してみましょう。
・CPET(心肺運動負荷試験)での評価を受けることが、診断と治療方針決定の鍵になります。
・β遮断薬の使用中で症状がある方は、減量や薬剤変更が選択肢になる場合があります(医師判断が必須です)。
・日常的な軽度〜中等度の有酸素運動(ウォーキングや軽いジョギング)を継続することで、心拍調節能の回復が期待されます。

まとめ

変時不全は、心疾患患者において頻度が高く、運動能力や予後に重大な影響を及ぼします。その背景には洞結節の反応性異常、自律神経の失調、薬剤の影響といった複雑なメカニズムがあり、診断には負荷試験が不可欠です。治療は個別化が重要であり、薬剤調整、運動療法、場合によってはペーシングなど多様な選択肢があります。

もしあなたに「運動時の心拍数上昇が弱く、でもすごく疲れる」といった症状があるなら、ぜひこの変時不全という概念を思い出し、主治医に相談してみてください。

参考文献


Smarz K, Jaxa-Chamiec T, Gajek J, et al. Chronotropic Incompetence Limits Aerobic Exercise Capacity in Patients Taking Beta-Blockers: Real-Life Observation of Consecutive Patients. J Clin Med. 2021;10(11):2439. doi:10.3390/jcm10112439

Sarma S, Levine BD, Borlaug BA. Mechanisms of Chronotropic Incompetence in Heart Failure with Preserved Ejection Fraction. Circ Heart Fail. 2020;13(7):e006318. doi:10.1161/CIRCHEARTFAILURE.119.006318

Palau P, Dominguez E, Nunez J, et al. Effect of β-Blocker Withdrawal on Functional Capacity in Heart Failure and Preserved Ejection Fraction: The PRESERVE-HR Randomized Clinical Trial. J Am Coll Cardiol. 2021;78(7):665–676. doi:10.1016/j.jacc.2021.06.036

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