はじめに
現代の食環境において、私たちの摂取カロリーの半数以上を占めるとされる「超加工食品(Ultra-processed foods: UPF)」。その健康への悪影響は、これまで主に中年期以降の成人を対象とした研究で議論されてきました。しかし、代謝機能が比較的柔軟であるはずの「若年成人」において、UPFが具体的にどのような生理学的変化をもたらすのか、その縦断的なエビデンスは不足しています。
今回ご紹介するのは、2025年に『Nutrition & Metabolism』誌に掲載された、南カリフォルニア大学の研究チームによる注目すべき論文です。本研究は、過体重や肥満の既往歴を持つ若年成人を対象に、約4年間の追跡調査を行い、UPF摂取量の変化がグルコース恒常性やインスリン抵抗性に与える影響を解析しました。
本稿では、単なる相関関係にとどまらず、経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)から得られた詳細な代謝パラメータに基づき、若者の体内で進行する「静かなる糖代謝の破綻」について解説します。
研究デザイン
対象
「Children’s Health Study」のサブセットである「Meta-AIR研究」に参加した若年成人(ベースライン時平均年齢19.97歳)を対象とし、2020年から2022年にかけて追跡調査(MetaCHEM研究、平均年齢24.07歳)を実施しました。前向き縦断的観察研究(コホート研究)です。最終的に解析対象となったのは85名です。
参加者の選定基準は「小児期に過体重または肥満の既往がある」という、将来的な代謝疾患のリスクが高い層です。このハイリスク集団において、生活習慣の変化が代謝機能にどう影響するかを追うことは、予防医学的観点から高い価値を持ちます。
調査の時期と間隔
- ベースライン(Meta-AIR研究): 2014年から2018年の間に実施されました。
- フォローアップ(MetaCHEM研究): 2020年から2022年の間に実施されました。
- 追跡期間: 「ベースライン(初回調査)」と「フォローアップ(追跡調査)」の合計2回の臨床訪問を軸に構成されており、その間隔は平均して約4年間です
食事評価の回数と詳細
各訪問(計2回)において、食事内容は精緻に調査されています。
- 24時間食事思い出し法(24-hour dietary recalls): 各訪問につき計2回実施されました。NOVA分類に基づいて食品を厳密にカテゴライズしています。
- 調査のタイミング: 平日から1日、週末から1日という「非連続な2日間」を選定することで、対象者の日常的な食事パターンの偏りを最小限に抑えています。
- 実施方法: 訓練を受けたインタビュアーによる聞き取り(ベースライン:NDSRソフト使用)または自己管理型ツール(フォローアップ:ASA24ソフト使用)によって行われました。
代謝・身体組成の計測
各訪問において、以下の臨床検査が実施されました。
- 経口ブドウ糖負荷試験(OGTT): 各訪問で1回実施。ただし、1回の試験の中で合計5回の採血(空腹時、ブドウ糖摂取後30分、60分、90分、120分)を行い、グルコースとインスリンの動態を詳細に追跡しています。これにより、単なる点での計測ではなく、曲線下面積(AUC)という「面」での代謝評価を可能にしています。
- 身体組成計測(DEXA法): 各訪問で1回実施。二重エネルギーX線吸収測定法(DEXA)を用いることで、BMI(体重/身長比)だけでなく、内臓脂肪(VAT)量やandroid/gynoid比(脂肪分布の指標)を正確に定量化しています。
- 血液検査(HbA1c): 各訪問で1回、空腹時の全血サンプルを用いて測定されました。
生活習慣・人口統計学的問診
- ベースライン時: 年齢、性別、民族などの基本情報を収集。
- フォローアップ時: 国際的な標準質問票(IPAQ)を用いた身体活動レベルの評価、喫煙状況、および1ヶ月あたりのアルコール摂取量の聞き取りが実施されました。
結果:わずかな食生活の変化が招く「耐糖能異常」のリスク
結果は、若年成人の代謝機能が、想像以上に食事の影響を受けやすいことを示唆するものでした。
UPFの割合(UPF%)
まず、対象者の食事内容の変化を見ると、総摂取重量に占めるUPFの割合(UPF%)は、ベースライン時の平均20.40%から、追跡調査時には23.60%へと有意に増加していました(p=0.02)。これは、大学進学や就職といったライフステージの変化に伴い、手軽だが栄養価の低い食品への依存が高まった可能性を示唆しています。
そして、このUPF摂取量の変化(ΔUPF%)が、糖代謝異常のリスクと強烈に相関していたのです。
インスリン抵抗性の悪化
ベースライン時のUPF摂取量が高い群では、追跡時のOGTT 2時間値インスリン(β=45.11)およびインスリン曲線下面積(AUC)(β=63.56)が有意に高値を示しました。これは、同じ血糖レベルを維持するために、より過剰なインスリン分泌が必要となっている状態、すなわち代償性の高インスリン血症を反映しています。
耐糖能異常(IGT)リスクの増大
追跡期間中にUPF摂取割合が「10ポイント」増加するごとに、耐糖能異常(IGT:2時間値血糖140mg/dL以上)を発症するオッズ比は2.58倍(95%信頼区間: 1.43-5.85)に跳ね上がりました。つまり、リスクが158%も増加したことになります。
※ 耐糖能異常(IGT: Impaired Glucose Tolerance)は、「生理学的現象」を指す用語です。これは75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)において、ブドウ糖を摂取してから2時間後の血糖値が140mg/dLから199mg/dLの範囲にあることを指します。
前糖尿病(Prediabetes)への移行
同様に、UPF摂取割合が10ポイント増加することで、前糖尿病または2型糖尿病(T2D)に該当する状態になるオッズ比は1.51倍(95%信頼区間: 1.04-2.31)、すなわち51%のリスク増加が認められました。
※前糖尿病(Prediabetes)とは、単一の検査数値を指す言葉ではなく、糖尿病発症のハイリスク状態を包括する「臨床的診断名」です。以下の3つの指標のいずれか、あるいは複数を満たす状態を指します。
①空腹時血糖異常(IFG)が100mg/dLから125mg/dLの状態
②耐糖能異常(IGT) (上記参照)
③HbA1c(ヘモグロビンA1c)の値が5.7%から6.4%の範囲
体重(BMI)や体脂肪率
参加者全体の数値としては体重(BMI)や体脂肪率は4年間で有意に増加していますが、「超加工食品(UPF)による代謝へのダメージが、体重の増加とは切り離されて(独立して)起こっていた」と考えられます。
参加者全体の経時的変化(4年間の推移)
追跡期間中、若年成人たちの身体計測値は全体的に増加しました。
- BMI: 平均 30.1 → 31.8 へ増加(p < 0.001)
- 体脂肪率: 平均 35.2% → 38.3% へ増加(p < 0.001)
- 内臓脂肪(VAT)量: 平均 506.4g → 594.3g へ増加
つまり、集団全体としては明らかに「太った」状態になっています。
超加工食品(UPF)と体重の関連
ここが医学的に重要なポイントですが、統計解析(回帰分析)の結果、以下のことが分かりました。
- UPF摂取量と体重増加の相関: UPFを多く食べたからといって、その分、有意にBMIがより大きく増えたという統計的な関連は見られませんでした(β=0.10, p > 0.05)。
- なぜか?: 論文内では、サンプルサイズ(85名)が小さかったために、統計的な有意差として検出できなかった可能性が示唆されています。
「体重が変わらなくても代謝は悪化する」という示唆
研究チームは、解析の際に「BMI(肥満度)」の影響を統計的に取り除いて(調整して)もなお、UPF摂取量の増加が「耐糖能異常(IGT)」や「前糖尿病」のリスクを有意に高めることを確認しました。
「UPFを食べることによる糖代謝の悪化は、単に『太ったから糖尿病になった』という単純な理屈だけでは説明できない」
ということです。たとえ体重が大きく変わらなかったとしても、超加工食品に含まれる添加物、質の悪い脂質、急激な血糖上昇を招く糖質などが、細胞レベルでインスリン抵抗性を直接引き起こしている可能性をこのデータは示しています。
まとめると、「参加者の体重は増えていたが、それ以上に、体重に関係なく超加工食品がピンポイントで糖代謝機能を破壊していた」というのが、この論文の指摘です。
生理学的メカニズムの考察
本研究が既存の研究と一線を画す点は、Matsuda Index(マツダ・インデックス)を用いたインスリン感受性の評価を行っている点です。HOMA-IRが主に肝臓でのインスリン抵抗性(糖新生の抑制不全)を反映するのに対し、Matsuda IndexはOGTT全体のデータを用いるため、筋肉など末梢組織でのインスリン感受性をより鋭敏に反映します。つまり、「全身のインスリン感受性」を評価する動的な指標です。
本研究では、追跡期間を通じてMatsuda Indexの有意な低下(平均変化量 -1.9)が観察されました。また、ベースラインのUPF摂取量が多いほど、追跡時のMatsuda Indexが低いという負の相関(β=-0.63)も確認されています。
これは何を意味するのでしょうか。UPFに多く含まれる精製糖質(Added Sugars)や飽和脂肪酸の過剰摂取は、遊離脂肪酸(FFA)の血中濃度を高め、リポ毒性(Lipotoxicity)を介して骨格筋でのインスリンシグナル伝達を阻害している可能性があります。若年成人においては、まだ空腹時血糖の上昇(IFG)が顕在化していない段階でも、食後の血糖処理能力が着実に蝕まれていることを、このデータは物語っています。
さらに、インスリンAUCの増大は、末梢の抵抗性に打ち勝つために膵β細胞が過剰労働を強いられていることを示唆します。本研究ではHOMA-β(β細胞機能の指標)とUPFの間に有意な負の相関は見られませんでしたが、長期間にわたる過剰分泌の強要は、やがてβ細胞の枯渇(Exhaustion)とアポトーシスを招き、不可逆的な2型糖尿病へと進行させるリスクを孕んでいます。
本研究の新規性
既存の研究の多くは、中高年を対象とした横断研究であり、「因果関係」の推測には限界がありました。また、若年者を対象とした数少ない研究でも、肥満度(BMI)のみをアウトカムとすることが多く、詳細な糖代謝プロファイルまで踏み込んだものは稀有でした。
本研究は、若年成人という「予防の黄金期」にある集団に対し、縦断的デザインとOGTTというゴールドスタンダードな測定法を用いることで、UPF摂取が体重変化とは独立して(あるいは先行して)、直接的にグルコース恒常性を撹乱している可能性を示した点に高い新規性があります。実際、本解析ではBMIや体脂肪率の変化とUPF摂取量との間には統計的に有意な関連が見られなかったにもかかわらず、耐糖能異常との関連は顕著でした。これは、見た目の体型変化が起こるよりも「前」に、代謝異常が進行していることへの警鐘と言えます。
限界(Limitation)
一方で、解釈にはいくつかの限界(Limitation)も存在します。
第一に、サンプルサイズが85名と小規模であること。これにより、統計的な検出力が一部のアウトカム(例:HOMA-IRの変化など)に対して不十分であった可能性があります。
第二に、食事調査の方法です。ベースラインではNDSR、追跡時にはASA24という異なるツールが用いられており、また自己申告に基づく想起バイアスの影響は排除できません。
第三に、対象者が「小児期に過体重の既往がある」集団であるため、この結果を代謝的に健康な標準体重の若年者にそのまま外挿することには慎重であるべきです。
明日からの臨床・生活への実装
本論文から得られる知見は、私たちに具体的な行動変容を迫るものです。
1. 「隠れ耐糖能異常」を疑う視点
若年成人、特に過去に体重増加の既往がある患者や対象者に対しては、現在のBMIが正常範囲内であっても、食事歴(特にUPF摂取頻度)を聴取することが重要です。空腹時血糖が正常であっても、食後の高血糖やインスリン過剰分泌が起きている可能性があります。
2. UPF削減の具体的目標
データは「10%の増加」でもリスクが跳ね上がることを示しました。逆に言えば、現在の食事からUPFを1割減らすだけでも、リスク低減に寄与する可能性があります。清涼飲料水を水やお茶に変える、市販のスナックを果物やナッツに変えるといった「置き換え」戦略は、インスリン感受性の維持において極めて合理的です。
3. 予防介入のタイミング
20代前半は、親の管理下から離れ、食生活が乱れやすい時期です。しかし、この時期こそが不可逆的な糖尿病への移行を食い止める最後の砦とも言えます。体重管理だけでなく、「何を食べているか(食品の加工度)」に焦点を当てた指導や自己管理が、将来の疾病負荷を劇的に下げる鍵となります。
超加工食品は便利で魅力的ですが、その代償は私たちの細胞レベルで確実に支払われています。本研究は、その支払期限が私たちが思うよりもずっと早く、若いうちに到来することを示しています。賢明な選択こそが、未来の代謝的健康を守るのです。
参考文献
Li, Y., Costello, E., Rock, S., Patterson, W. B., Chen, Z., Gilliland, F., Goran, M. I., Alderete, T. L., Goodrich, J. A., Conti, D. V., Stratakis, N., & Chatzi, L. (2025). Ultra-processed food intake is associated with altered glucose homeostasis in young adults with a history of overweight or obesity: a longitudinal study. Nutrition & Metabolism, 22(135). https://doi.org/10.1186/s12986-025-01036-6

