スマートウォッチの普及と不可視のリスク
現代医療において、スマートウォッチは単なるガジェットの枠を超え、不整脈のスクリーニングや健康管理における不可欠なツールへと進化を遂げました。特に1誘導心電図(ECG)の記録機能は、心房細動の早期発見に大きく貢献しています。しかし、その利便性の裏側に、心臓ペースメーカーや植込み型除細動器(ICD)を使用している患者にとっての「不可視のリスク」が潜んでいることが、最新の研究によって浮き彫りになりました。
ドイツの研究チームがJournal of the American Heart Associationに発表したこの論文は、最新のスマートウォッチがCIEDの「マグネットモード」を意図せず誘発するメカニズムを、極めて詳細な実験データとともに解明しています。マグネットモードとは、外部磁石をデバイスに近づけることで作動する特殊な動作モードであり、術中の干渉回避などに用いられますが、意図しない作動は除細動治療の停止や不適切なペーシングを招く恐れがあります。
研究の新規性と実験的アプローチ
これまでの研究でもスマートウォッチとCIEDの干渉は議論されてきましたが、本研究の新規性は三つの点に集約されます。
第一に、最新世代のスマートウォッチ(Apple Watch Series 9やSamsung Galaxy Watch 7など)を対象としている点です。
第二に、デバイスの植込み深さ(皮下 vs 筋層下)が干渉に与える影響を評価した点。
そして第三に、従来の「腕に装着する」状態だけでなく、心電図の感度を高めるために「時計を胸部に直接当てる」という、臨床現場や一部のユーザーで行われている応用的な使用シナリオを検証した点です。
実験では、主要メーカー5社(Medtronic、Abbott、Biotronik、Microport、Boston Scientific)のCIED計15個を使用し、解剖学的にヒトに近いブタの胸郭モデルを用いて、臨床現場を忠実に再現した環境下で測定が行われました。

具体的数値が示す干渉の実態
研究結果は、私たちの直感とは異なる驚くべき数値を示しています。まず、スマートウォッチを通常通り手首に装着し、時計の表面(フェイス面)がCIED植込み部位に接触した場合、マグネットモードの誘発率は120回の測定中わずか1回、すなわち1パーセント未満という極めて低い数値でした。この結果は、日常的な接触であれば過度な不安は不要であることを示唆しています。
しかし、スマートウォッチを裏返し、時計の背面をCIEDの植込み部位に直接接触させた場合、事態は一変します。この条件では、120回中36回、実に30パーセントという高頻度でマグネットモードの誘発が確認されました。これは、より精緻な心電図波形を得るために時計を胸部に当てる「前胸部誘導」のシミュレーションにおいて、非常に高いリスクが存在することを意味します。
さらに、充電中のスマートウォッチも無視できないリスク要因であることが判明しました。充電中のウォッチをフェイス面で接触させた場合、23パーセント(120回中28回)の確率で干渉が発生しました。
ガウスメーターを用いた磁場強度の測定では、最新世代のウォッチほど磁場が強くなる傾向が確認されており、一部の機種では6ミリテスラ(mT)を超える磁場が検出されました。これは、国際規格であるISO 14117が定める干渉しきい値の1ミリテスラを大幅に上回る数値です。
構造的要因と物理学的考察
なぜ時計の背面において、これほどまでに高い干渉リスクが生じるのでしょうか。その理由は、スマートウォッチ内部の設計、特にワイヤレス充電のための磁石の配置にあります。
X線透視を用いた解析により、多くのスマートウォッチには充電時の位置合わせのために強力な磁気リングが背面に配置されていることが確認されました。AppleやSamsungの最新モデルでは、世代を追うごとにこの磁気回路が強化されており、これがCIED内のリードスイッチや磁気センサーを容易に作動させてしまう原因となっています。
一方で、興味深い例外も報告されています。WithingsのScanwatchは、すべての実験条件において一度もマグネットモードを誘発しませんでした。この時計は他の機種と異なり、物理的な充電コネクタ(ピン)を採用しており、内部の磁石が極めて小さく、磁場強度が著しく低いためです。この結果は、デバイスの「充電メカニズム」という設計上の選択が、CIED患者への安全性に直結することを示しています。
植込み深さという物理的バリア
本研究のもう一つの重要な知見は、解剖学的な植込み位置による保護効果です。皮下5ミリメートル未満に植え込まれたデバイスと比較して、筋層下2.5センチメートルに植え込まれたデバイスでは、干渉のリスクが激減しました。筋層下での誘発は360回の測定中わずか5回(1.4パーセント)にとどまり、その大半は特定のメーカーのペースメーカーに限られていました。
これは、組織の厚みが磁場強度の減衰に寄与する物理的な距離を確保しているためと考えられます。しかし、完全な遮断を保証するものではなく、依然として強力な磁場に対しては脆弱であることに変わりはありません。
なお、実験では、スマートウォッチと CIED の植え込み部位との距離が 5 cm を超える場合は、いかなる場合でも磁気モード誘導は発生しませんでした。
研究の限界(Limitation)
本研究にはいくつかの制約が存在することも理解しておく必要があります。まず、本実験はブタの胸郭モデルを用いたエクスビボ(ex vivo)の環境で行われたものであり、個々の患者の皮下脂肪の厚さや筋肉量、デバイスの種類、さらには特定の植込み角度などの個人差を完全に反映しているわけではありません。
また、最新のS-ICD(皮下植込み型除細動器)やリードレスペースメーカーなど、特定の特殊なデバイスについては本シミュレーターでの検証が行われておらず、すべてのCIEDに対して一律に結果を適用することには慎重であるべきです。しかし、物理学的な磁場強度の測定結果は不変であり、同様の設計を持つスマートウォッチが他の磁気感受性デバイスに影響を与える可能性は十分に考慮されるべきでしょう。
明日から実践できる具体的行動指針
この研究から得られた知見を、皆様が日々の生活や臨床現場でどのように活かすべきか、以下の三つの具体的な指針を提案します。
第一に、心臓デバイスを植え込んでいる患者本人がスマートウォッチを使用する場合、手首への装着には問題ありませんが、胸部の植込み部位に時計を近づける行為、特に心電図記録のために時計の背面を直接胸に当てることは厳禁です。もし前胸部からの記録が必要な場合は、植込み部位から少なくとも5センチメートル、理想的には15センチメートル以上の距離を保つようにしてください。
第二に、スマートウォッチの充電場所を再検討することです。充電中のウォッチは、非充電時よりも強い磁場を発生させています。ベッドサイドでの充電は、就寝中に意図せず胸部が時計に接近するリスクがあるため、就寝位置から十分な距離を確保した場所で充電する習慣を身につけてください。
第三に、今後スマートウォッチを選択する際、あるいは患者に推奨する際の視点として、充電方式を確認することです。物理的な接点を持つタイプのモデルは、ワイヤレス充電方式のモデルと比較して磁気干渉リスクが圧倒的に低いという事実は、デバイス選択における重要な安全指標となります。
テクノロジーとの賢明な付き合い方
ウェアラブルデバイスは、私たちの健康をモニタリングし、命を救う可能性を秘めた素晴らしいテクノロジーです。しかし、その強力な磁気回路が、もう一つの命を守るテクノロジーであるCIEDと干渉し得るという物理的な事実は、私たちが正しく理解し、管理しなければならない課題です。
この研究は、技術の進歩に伴う新たなリスクを提示すると同時に、私たちがどのように注意を払えば、これらの便利なツールを安全に使いこなせるかを明確に示してくれました。物理的な距離と配置、そしてデバイスの構造的特性を正しく理解すること。それが、高度な医療テクノロジーと賢く共生するための唯一の道です。
参考文献
Wegner FK, Geisendörfer T, Wolfes J, et al. ECG-Capable Smartwatches Can Induce Magnet Mode in Cardiac Implantable Electronic Devices. J Am Heart Assoc. 2025;14:e044972. doi:10.1161/JAHA.125.044972.

