超加工食品と若年性大腸がん前駆病変のリスク

食事 栄養

はじめに

現代社会において、食の利便性と健康リスクは、常にトレードオフの関係にあると議論されてきました。特に近年、50歳未満で発症する「若年性大腸がん(Early-Onset Colorectal Cancer: EOCRC)」の世界的増加は、公衆衛生上の喫緊の課題となっています。今回ご紹介する論文は、2025年に『JAMA Oncology』に掲載された、ハーバード大学公衆衛生大学院などの研究チームによるものです。本研究は、現代の食生活を象徴する「超加工食品(Ultraprocessed Foods: UPFs)」が、若年性大腸がんの「前段階」にどのような影響を与えているのかを、大規模かつ長期間にわたり追跡した報告です。

研究の背景と新規性:なぜ「前駆病変」に着目したのか

若年性大腸がんの罹患率は、1990年代以降、先進国を中心に上昇の一途をたどっています。これと並行して、私たちの食卓における超加工食品の割合も劇的に増加してきました。しかし、これまで多くの研究は、すでに診断された「がん」との関連や、高齢者を中心とした解析に留まっていました。

本研究の最大の新規性は、50歳未満という「若年層」に特化し、かつ「がんそのもの」ではなく、その前段階である「前駆病変(ポリープ)」のリスクを評価した点にあります。がんは一朝一夕にできるものではありません。正常な粘膜がポリープとなり、長い年月をかけてがん化します。この「芽」が出る段階で超加工食品がどのように関与しているのかを解明することは、予防医学の観点から極めて重要な意味を持ちます。

研究デザイン:29,105人の女性を24年間追跡

研究チームは、1989年に開始された米国の女性看護師を対象とした大規模追跡調査「Nurses’ Health Study II」のデータを用いました。解析対象となったのは、ベースライン(1991年)時点で25歳から42歳であり、かつ50歳になるまでに大腸内視鏡検査を受けた29,105人の女性です。

彼女たちの食事内容は、4年ごとに実施された詳細な食事摂取頻度調査(FFQ)によって評価されました。ここで用いられたのが、食品を加工度で分類する「Nova分類」です。研究では、超加工食品の摂取量をエネルギー調整後の1日あたりのサービング数として算出し、参加者を摂取量の少ない順に5つのグループ(五分位)に分けて比較しました。

追跡期間は1991年から2015年までの最大24年間。この間に確認された、若年性大腸がんの前駆病変の発生状況を厳密に解析しました。

主要な発見:従来型腺腫リスクの45%増加

24年間の追跡期間中に、1,189例の「若年性従来型腺腫(conventional adenomas)」と、1,598例の「鋸歯状病変(serrated lesions)」が確認されました。これらは大腸がんの発生母地となる重要な病変です。

解析の結果、衝撃的な事実が明らかになりました。超加工食品の摂取量が最も多いグループ(上位20%、中央値で1日9.9サービング)は、最も少ないグループ(下位20%、中央値で1日3.3サービング)と比較して、若年性従来型腺腫のリスクが1.45倍(オッズ比 1.45; 95%信頼区間 1.19-1.77)と、統計学的にも有意に上昇していたのです。

この数値は、年齢、大腸内視鏡検査の実施状況、大腸がんの家族歴、BMI(体格指数)、喫煙、身体活動、そして食物繊維やカルシウム、ビタミンDといった栄養素の摂取量など、考えうる交絡因子を調整した後でも揺るぎないものでした。

一方で、興味深いことに、もう一つの前駆病変である「鋸歯状病変」については、超加工食品の摂取量との間に有意な関連は認められませんでした(オッズ比 1.04; 95%信頼区間 0.89-1.22)。

なぜ病変タイプによって差が出たのか

この「従来型腺腫には影響し、鋸歯状病変には影響しなかった」という結果は、大腸がん発生のメカニズムを考える上で非常に示唆に富んでいます。

大腸がんの発生には、主に2つの経路が知られています。
一つは「腺腫-がん連関(adenoma-carcinoma sequence)」と呼ばれる古典的な経路で、APC遺伝子の変異などを伴いながら従来型腺腫を経てがん化するルートです。
もう一つは、エピジェネティックな変化(DNAのメチル化など)が関与する「鋸歯状経路」です。

本研究の結果は、超加工食品が、特に若年層において古典的な「腺腫-がん連関」を促進している可能性を強く示唆しています。

論文中の考察では、分子生物学的な視点として、腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の撹乱、いわゆる「ディスバイオシス」の関与が挙げられています。特に、超加工食品に含まれる乳化剤や人工甘味料などの食品添加物は、腸の粘膜バリアを脆弱にし、炎症を引き起こすことが知られています。

さらに注目すべき点として、若年性大腸がんでは、コリバクチン(colibactin)という毒素を産生する大腸菌(pks+ Escherichia coli)に関連した遺伝子変異シグネチャー(SBS88/ID18)が高頻度で見られるという最近の知見が引用されています。超加工食品の摂取が、こうした特定の病原性細菌の増殖を助長し、腸の遠位部(肛門に近い側)において細胞のDNA損傷を加速させている可能性があります。実際、本研究でも、超加工食品と遠位大腸・直腸の腺腫との関連が確認されています。

具体的な「犯人」は何か:サブグループ解析からの示唆

では、具体的にどのような超加工食品がリスクを高めているのでしょうか。サブグループ解析において、特にリスク上昇との関連が強かったカテゴリーは以下の通りです。

  1. 人工甘味料入りの飲料
  2. 加糖飲料
  3. ソース、スプレッド、調味料
  4. すぐに食べられる・温めるだけの混合料理(Ready-to-eat/heat mixed dishes)

特に「人工甘味料入りの飲料」を多く摂取するグループでは、従来型腺腫のリスク上昇と有意なトレンド(傾向)が見られました(P for trend = .01)。これは、「カロリーゼロなら安心」という一般的な認識に警鐘を鳴らすデータと言えます。特定の単一食品が全てを説明するわけではありませんが、添加物の「カクテル効果」が腸内環境に複合的な悪影響を及ぼしている可能性は否定できません。

研究の限界(Limitation)

もちろん、この研究にも限界は存在します。まず、対象が女性(看護師)に限定されているため、男性や他の社会経済的背景を持つ集団にそのまま当てはめられるかは検証が必要です。また、食事調査は自己申告に基づくものであり、記憶の曖昧さや過少申告の可能性は完全には排除できません。さらに、Nova分類自体が食品の加工度に基づくものであり、栄養価そのものを完全に反映しているわけではない点にも留意が必要です。

しかし、これらの限界を考慮しても、2万人以上を20年以上追跡したプロスペクティブ(前向き)なデータが示す「1.45倍のリスク増加」という事実は、極めて重い意味を持ちます。

明日からの実践:私たちが取るべき行動

この論文から得られる知見は、私たちの日常的な選択に明確な指針を与えてくれます。

第一に、食事の「質」を見直すことです。本研究では、BMIや糖尿病の有無を調整してもリスクが残存しました。つまり、「太っていなければ大丈夫」というわけではありません。痩せていても、超加工食品中心の食生活を送っていれば、腸の粘膜レベルでは細胞の癌化へのカウントダウンが進んでいる可能性があります。

具体的には、成分表示を見て、家庭のキッチンにないような名前の添加物(保存料、乳化剤、着色料など)が多く含まれる食品を避けること。そして、飲料は水やお茶を基本とし、人工甘味料入り飲料や加糖飲料を常飲しないこと。これらは明日からすぐに実践できるアクションです。

第二に、リスクに応じたスクリーニングの検討です。特に、加工食品を好んで摂取してきた自覚がある方は、50歳を待たずに、より早い段階での大腸がん検診や内視鏡検査を検討する価値があるかもしれません。本研究の結果は、生活習慣が「若年性」の腫瘍発生を後押ししていることを示しているからです。

結論

超加工食品は、現代生活において時間と手間の節約という恩恵を私たちに与えてくれました。しかし、その代償として、私たちの腸内環境は静かに、しかし確実に蝕まれている可能性があります。

「若年性従来型腺腫のリスク45%増」という数字は、単なる統計ではありません。それは、私たちの日々の買い物の選択が、将来の健康を左右する遺伝子レベルのスイッチを押しているかもしれないという、科学からの警告なのです。今こそ、利便性偏重の食生活から、素材そのものを大切にする食生活へと、舵を切る時ではないでしょうか。

参考文献

Wang C, Du M, Kim H, et al. Ultraprocessed Food Consumption and Risk of Early-Onset Colorectal Cancer Precursors Among Women. JAMA Oncol. Published online November 13, 2025. doi:10.1001/jamaoncol.2025.4777

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