心臓神経焼灼術(Cardioneuroablation, CNA)は、自律神経系の過剰な迷走神経活動を抑制することで、血管迷走神経性失神(vasovagal syncope, VVS)、機能性房室ブロック(atrioventricular block, AVB)、洞不全症候群(sinus node dysfunction, SND)といった病態の治療に革新をもたらす可能性を秘めた治療法です。ここでは、この技術のメカニズム、臨床的意義、術後の再支配(reinnervation)に関する最新の知見を解説します。
血管迷走神経性失神(VVS)の病態生理
VVSは、交感神経系と副交感神経系の不均衡によって生じる一過性の意識消失発作です。特に迷走神経の過剰な活動が引き金となり、心拍数の急激な低下(徐脈)や血圧低下を引き起こし、脳への血流が不足します。VASIS分類では、心抑制型(cardioinhibitory type, II)や混合型(mixed type, I)がCNAの適応とされています。
迷走神経の活動は、ムスカリン型アセチルコリン受容体(M2受容体)を介して心臓に作用します。これにより、心房筋細胞のカリウムチャネルが活性化し、過分極が起こるため、洞房結節や房室結節の活動が抑制されます。さらに、副交感神経の過剰な活動は一酸化窒素(NO)の放出を増加させ、血管拡張と血圧低下を引き起こします。CNAは、この過剰な迷走神経活動を抑制することで、心拍数や血圧を安定化させます。
CNAの手技とメカニズム
CNAの目標は、副交感神経節(ganglionated plexuses, GPs)の焼灼により、迷走神経の過剰な活動を抑制することです。心臓の主なGPには、以下のようなものがあります:
- 右上副交感神経節(RSGP):上大静脈と右肺静脈の間に位置。
- 左上副交感神経節(LSGP):左心耳と左上肺静脈の間。
- 右下副交感神経節(RIGP):右肺静脈と右心房の間。
- 左下副交感神経節(LIGP):左下肺静脈の前方脂肪体内。
- マーシャル靭帯神経節(MTGP):左房後方に位置し、コリン作動性線維を含む。
これらの部位に高周波エネルギーを用いて焼灼を行い、副交感神経の過剰な刺激を抑えます。
高周波刺激(HFS)の活用
HFS(高周波刺激)は、GPの正確な位置を特定するために使用されます。例えば、20 Hz、10-20 Vの刺激を5秒間与え、RR間隔の延長や房室ブロックの誘発を確認します。これにより、焼灼すべき部位を特定できます。さらに、Fractionated Electrogram Mappingを用いて神経節の局在を詳細に解析する手法もあります。
臨床応用:患者の適応と効果
血管迷走神経性失神(VVS)
CNAは、従来の保存的治療や薬物療法に反応しない再発性VVS患者に有望な治療法です。特に、心抑制型失神において、CNA後の失神再発率は8-10%未満と報告されています。
機能性房室ブロック(AVB)
迷走神経過剰活動に起因する一時的な房室ブロックでは、CNAがペースメーカー植え込みを回避する選択肢となり得ます。特に、アトロピンテストや運動負荷試験で房室伝導が回復する患者に有効です。成功率は90%以上とされています。
洞不全症候群(SND)
洞房結節に影響を及ぼすGPを選択的に焼灼することで、CNAは病的な徐脈を改善します。特に若年患者や高齢者において、心拍数の安定化と症状の改善が確認されています。
再支配(Reinnervation)のメカニズムと評価
CNA後、30-50%の患者で副交感神経の再支配が報告されていますが、再支配が治療効果に必ずしも悪影響を与えるわけではありません。
再支配が影響を与えない理由
- 神経リモデリング:再支配が進んでも迷走神経の過剰活動は抑制されたまま維持されることがあります。
- 限定的な再支配:全体的な自律神経バランスに影響を与えない範囲での再支配が多い。
- 望ましい再支配:自律神経バランスを適度に回復させることで、交感神経優位の副作用を軽減します。
再支配の評価
非侵襲的および侵襲的手法を組み合わせて評価します:
- 非侵襲的手法:HRV(心拍数変動)やホルター心電図で心拍パターンをモニタリング。
- 侵襲的手法:高周波刺激(HFS)やアトロピンテストによる直接評価。
特に、超音波ガイド下での迷走神経刺激(Ultrasound-Guided Extra-Cardiac Vagal Stimulation, ECVS)は、再支配の有無を高精度で評価する新たな方法として注目されています。
実践に向けたアプローチ
1. 患者選択
- 起立試験(HUTT)や24時間血圧モニタリングを用いて、迷走神経過剰活動が疑われる患者を特定します。
- アトロピンテストで、副交感神経の関与が確認された場合にCNAを検討。
2. 手技の計画
- GPの位置を高周波刺激や電解剖マッピングで特定。
- 両房アプローチを採用し、患者の解剖学的特徴に基づいた戦略を策定します。
3. 術後管理
- 術後、HRVやホルター心電図で心拍数パターンをモニタリング。
- 再発が疑われる場合はHFSやECVSを再実施。
結論
CNAは、VVS、AVB、SNDといった自律神経系が関与する疾患に対して、安全かつ有効な治療法としての可能性を秘めています。特に再支配の影響を考慮した長期的な治療効果の維持や、適切な患者選択が成功の鍵となります。今後、大規模な無作為化試験が実施されることで、さらにエビデンスが強化されることが期待されます。
参考文献
Marrese A, Persico R, Parlato E, et al. Cardioneuroablation: the known and the unknown. Front Cardiovasc Med. 2024;11:1412195. doi:10.3389/fcvm.2024.1412195.