心血管系に及ぼす性行為の影響 性行為は心血管にとって危険か?

性行為関連

序章:性行為は心臓に悪いのかという問い

心疾患をもつ多くの人が、性行為による突然死や心筋梗塞を恐れ、性生活に制限をかけています。しかしその結果、生活の質(QOL)は大きく損なわれます。このような患者に対し、「性行為は心臓に悪いのか」「どこまでが安全なのか」を科学的に説明できる根拠が、これまで決して十分であったとはいえません。

中国・汕頭大学のChenらが2009年に発表した本レビューは、過去50年間の疫学研究、臨床試験、自己報告調査を統合的に解析し、性行為が心血管系に与える影響について包括的にまとめたものです。特に、性行為の身体的負荷、死亡リスク、虚血誘発のメカニズム、性機能障害との関連を客観的データをもとに示しており、臨床に直結する洞察を提供しています。


性行為中の突然死:その実態と頻度

性行為関連死の疫学

法医学的研究から明らかになったのは、性行為中に死亡する「性交死(coital death)」の頻度は極めて低いという事実です。

  • ベルリンで1956〜1976年の20年間に行われた1722例の剖検中、性行為中の予期せぬ死は30例(1.7%)でした。
  • フランクフルトの33年間(1972〜2004年)の調査では、3万1691例中68例(0.22%)が性交関連死であり、その92.6%が男性でした。
  • 日本(1959〜1965年)や韓国(2001〜2005年)でも、同様に性交中の死者は極めて稀であり、大半は婚外性交中の中年男性で、冠動脈疾患の既往を有していました。

婚外交渉

興味深いことに、これらの死亡事例の大部分(男性92.6%)は婚外交渉の際に発生しており、自宅や長期的なパートナーとの性交渉中の死亡は稀でした。

死亡原因

死亡原因の内訳は、心筋梗塞のない冠動脈疾患が約1/3を占め、次いで急性心筋梗塞(新規発症)と心筋再梗塞(既往のある患者の再発)が続きます。

アジアのデータ(日本と韓国)でも同様の傾向が確認されており、これらのデータは、性行為中の心血管死亡リスクが過大評価されがちであることを示しています。むしろ、怒りや過食、慣れない運動の方がトリガーになりやすいという報告もあります。

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性交はどの程度の身体的負荷なのか

性行為は一般に中等度以下の運動に相当すると考えられています。代謝当量(METs)を用いた比較では、

  • 平地歩行(3km/h):約2 METs
  • 性行為の前戯〜オーガズム:2〜4 METs
  • 自転車(16km/h):6〜7 METs
  • トレッドミル負荷試験:最大13 METs

とされ、性行為の身体的要求度は日常的な軽運動とほぼ同等です。

また、心拍数(HR)と収縮期血圧(SBP)のピーク値も測定されており、

  • 性行為時の平均HRは約117〜127 bpm、SBPは140〜160 mmHg前後
  • 階段昇降時と比較して、心拍は同程度でも、血圧は階段昇降の方が高いという結果

が得られています。これらは、性行為が通常の生活範囲内の心血管応答に収まることを示しています。


心疾患患者における性行為のリスク層別化

Princeton Consensus(1999年、2004年更新)に基づき、性行為再開のリスク評価は以下のように分類されます。

  • 低リスク:3つ未満の冠動脈疾患リスク因子を持つ無症候性患者、安定狭心症、最近の非複雑性心筋梗塞、軽度弁膜症、軽度うっ血性心不全(NYHAクラスII)、コントロール良好な高血圧、血管形成術後の患者など → 性行為は安全
  • 中リスク:冠動脈疾患リスク因子3つ以上、中等度心不全など → 精査後判断
  • 高リスク:不安定狭心症、コントロール不良の高血圧、重度うっ血性心不全(NYHAクラスIII/IV)、心筋梗塞後2週間以内、重篤な不整脈、重症心筋症、中等度から重度の弁膜症など → 性行為は一時中止し、心臓専門医による評価を優先

このような層別化により、過度の性活動制限を避けつつ、安全に性生活を再開する指針が得られます。


性行為による虚血の誘発とその予防

一部の研究では、性行為中に無症候性虚血が出現することが示されています。

  • 虚血が見られた患者は全員、運動負荷試験でも虚血を示していました。
  • 一方、運動で虚血を示さない患者が性交中に虚血を示すことはありませんでした。

また、運動トレーニング(16週のエルゴメーター)により、性交時の最大HRが120→113 bpmに有意に低下しており、心肺フィットネスの向上が性行為時の心負荷を軽減する可能性が示されています。


性機能障害と心血管疾患の関連性

勃起障害(ED)はしばしば血管内皮機能障害の初期症状であり、心疾患の前兆であることが知られています。

内皮障害によって一酸化窒素(NO)-cGMP系が阻害され、平滑筋の弛緩や血管拡張が妨げられます。このプロセスは、心血管疾患の動脈硬化進展とも深く関係しており、EDを契機に隠れた高血圧や虚血性心疾患が発見されることも少なくありません。

したがって、EDの訴えがある場合には、心血管リスク評価を積極的に行うべきです。

性行為の長期的な健康効果

寿命との関連性

性行為の頻度と長寿の関係を調べたDuke First Longitudinal Study of Aging(60-94歳の男女270名を25年間追跡)では、性交渉の頻度が男性の長寿を予測する重要な因子であることがわかりました。

逆に、スウェーデンの研究(70歳の既婚男性128名を5年間追跡)では、早期に性交渉を中止した男性は、継続した男性と比べて死亡リスクが高くなりました。

さらに興味深いのは、Caerphilly研究(ウェールズの男性914名を追跡)の結果です。20年間の追跡で、性交渉頻度が低いグループ(月1回未満)の虚血性脳卒中リスクは、頻度が高いグループ(週2回以上)に比べて1.69倍でした。10年間の追跡では、性交渉頻度が中程度または低いグループの致死的心冠動脈イベントは、高頻度グループの約2倍(中程度:年齢調整オッズ比2.07、低頻度:2.80)でした。

オーガズム頻度と死亡率

Ebrahimらが918名を対象に行った研究では、10年間の追跡期間中に150名が死亡(67名が冠動脈疾患、83名がその他)しました。オーガズム頻度が高いグループの死亡率リスクは、低頻度グループに比べて50%低いという結果でした。これらのデータは、適度な性活動が長期的な健康維持に寄与する可能性を示唆しています。

短期リスク、長期リスク

性交後2時間以内の心筋梗塞発症リスクは2.1〜5.7倍に上昇するが、絶対リスクとしては非常に低いと言えます。フラミンガム心臓研究のデータに基づくと、50歳の非喫煙・非糖尿病男性の心筋梗塞リスクは年間1%、つまり1時間当たり100万分の1です。性行為によって相対リスクが2倍になっても、2時間に限ってリスクが1時間あたり100万分の2に上昇するだけです。
定期的運動によりこのリスクも軽減可能です。心筋梗塞後の患者16名を対象とした研究では、16週間の自転車エルゴメーター訓練後、性行為中の平均ピーク心拍数が127 bpmから120 bpmに有意に低下しました。

実践的なアドバイス:医療従事者と患者の方へ

  1. リスク評価:心疾患患者には、プリンストンコンセンサスに基づいたリスク層別化を行い、個別のアドバイスを提供してください。特に、高リスク患者には専門医への紹介を検討します。
  2. 運動の推奨:定期的な運動(週3-4回、30分程度の有酸素運動)が性行為中の心血管負荷を軽減することを説明し、運動プログラムへの参加を促します。
  3. 環境要因の考慮:婚外性交渉や不慣れな環境、アルコール摂取後の性行為がリスクを高める可能性について、適切なカウンセリングを行います。
  4. EDの評価:EDは心血管疾患の早期警告サインとなり得ます。EDを訴える患者には、心血管リスク因子のスクリーニングを検討します。
  5. 薬物相互作用:PDE5阻害剤(シルデナフィル、タダラフィル、バルデナフィル)を使用する患者には、特に硝酸剤との併用禁忌について十分な説明を行います。
  6. 長期的視点:適度な性活動が長期的な健康維持に寄与する可能性について、バランスの取れた情報を提供します。

結論:バランスの取れた見方の重要性

本レビューが示す証拠から、性行為の心血管リスクは、配偶者との慣れ親しんだ環境で、過食や飲酒を伴わずに行われる限り、非常に低いと言えます。性行為の心血管要求度は日常活動の範囲内に収まり、人口ベースの疫学研究では、頻繁な性交渉が脳卒中リスクを大幅に増加させる可能性は低いことが示されています。むしろ、性活動が多い人々の方がリスクが低く、オーガズム頻度が高いグループの死亡率は低頻度グループの半分でした。

性行為は、散歩やその他の日常活動と同様に、人間の正常な生理的機能の一つであり、身体の健康に貢献します。カウンセリングでは、性行為を控えるよう指導するのではなく、身体活動的な生活を奨励することに焦点を当てるべきです。医療従事者は、患者が適切な情報に基づいて判断できるよう、個別化されたアドバイスを提供する責任があります。

参考文献

Chen X, Zhang Q, Tan X. Cardiovascular effects of sexual activity. Indian J Med Res. 2009;130:681–688.

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