ペースメーカー植込みを要した元アスリート:持久系アスリートと徐脈性不整脈

心拍/不整脈

はじめに:アスリートの徐脈は本当に“生理的”か?

運動生理学の教科書において、アスリートに見られる徐脈や軽度の房室(AV)ブロックは、心臓が高い効率をもって拍出を担う結果としての「良性の適応」と記載されています。特に持久系スポーツにおいては、心拍出量の増加に応じて心室が拡大し、より少ない拍数で十分な循環が維持できるようになります。しかし、この「適応」が本当に可逆的かつ無害であるという認識には、近年、疑問が呈されつつあります。

2024年に発表されたBondarevらの研究は、この問いに正面から向き合い、元プロアスリートにおける洞房結節機能障害および房室ブロックの発症リスクと、その後のペースメーカー(PM)植込みの必要性について検証しました。特に持久系スポーツ歴を有する元アスリートに焦点を当てたこの研究は、従来の常識に一石を投じる内容となっています。

研究デザインと対象者の特徴

本研究はロシア・Sechenov大学で2022年に実施された前向き観察研究であり、PMを植込まれた計381名を対象としました。その中で心不全や虚血性心疾患、心筋症などの基礎疾患を除外した「特発性」の洞房結節または房室結節機能障害の患者に注目しています。

対象は以下の3群に分けられました:

  • グループ1:元プロアスリート(n=18)
    • 持久系スポーツ(n=9):自転車、クロスカントリー、長距離走、ボートなど。
    • 筋力・混合型スポーツ(n=9):格闘技、ウエイトリフティング、サッカーなど。
  • グループ2:非アスリートの対照群(n=20)
  • グループ3:その他のPM植込み患者(n=323)

なお、元アスリート群は全員、国際大会レベルでの競技歴を有していました。

結果:持久系アスリートの早発性房室伝導障害

全体として、元アスリートと非アスリートの間でPM植込み年齢に有意差はみられませんでした。しかし、持久系アスリートのみを抽出した解析では、発症年齢・植込み年齢ともに有意に若年であることが明らかになりました。

  • 初発症状出現年齢
    • 元アスリート全体:平均46.7歳
  • 診断年齢
    • 持久系:64.0±7.5歳
    • 筋力/混合系:72.4±9.5歳(p<0.01
  • PM植込み年齢
    • 持久系:65.0±11.7歳
    • 筋力/混合系:73.0±10.3歳(p<0.05

さらに注目すべきは、PM植込みの原因としてAVブロックが挙げられた割合が持久系で78%にのぼったのに対し、筋力/混合系では44%にとどまった点です。このことは、持久的トレーニングが房室伝導系により強い負荷を与えうることを示唆しています。

分子メカニズム:イオンチャネルのリモデリングと酸化ストレス仮説

従来、アスリートにおける徐脈やAVブロックは、副交感神経の過活動(いわゆる「高迷走神経トーン」)による可逆的な現象と考えられてきました。しかし、Steinらの研究では、自律神経遮断(アトロピンとβ遮断薬)を行ってもSN/AVN機能が完全に回復しないことが示され、迷走神経単独説では説明不十分であることが判明しています。

近年の動物モデル研究では、持久的運動がHCNチャネルやL型Ca²⁺チャネルなど、ペースメーカ電流に関与するイオンチャネルの転写を抑制することが示されており、これにより洞房結節や房室結節の興奮性が低下する可能性が示唆されています。

加えて、過剰なカテコールアミン分泌とそれに続くCa²⁺過負荷、活性酸素種(ROS)の蓄積もSN/AVN細胞に慢性的ダメージを与えうると考えられています。これによりミトコンドリア障害や細胞アポトーシスが惹起され、構造的リモデリングを引き起こす可能性があります。

新規性と臨床応用の視点

本研究の最も大きな新規性は、元持久系アスリートという限定された母集団において、特発性SN/AVN障害の発症が非アスリートよりも早期であることを臨床データで示した点です。これまでの研究は多くが心電図所見やHRVなどの生理的指標に留まっており、ペースメーカー植込みという臨床的アウトカムに着目した点は大きな意義を持ちます。

この知見から得られる臨床応用上の示唆は次のとおりです:

  • 徐脈やAVブロックを呈する元持久系アスリートに対しては、単なる生理的現象と楽観視せず、長期的なモニタリングや早期の精査を推奨すべきです。
  • 運動歴や競技歴は、循環器診療において重要な問診項目として再評価されるべきです。

Limitation(限界)

  • サンプルサイズの制約:対象となった元アスリートは18名にとどまり、持久系・筋力系のサブグループ解析において統計的検出力は限定的です。
  • 選択バイアスの可能性:国際大会レベルのアスリートに限定しており、一般の競技者とは異なる可能性があります。
  • 交絡因子の制御困難:遺伝的素因や生活習慣、他の心血管リスク因子の影響を完全に排除することはできません。

おわりに:アスリートの心臓に対する見直しの契機として

「アスリートの心臓は強靭で健康である」という一般的な印象に対し、本研究は科学的に一石を投じました。特に持久系競技者においては、過去の運動歴が将来的な電気伝導系障害のリスク因子となる可能性があるという事実は、スポーツ医学と循環器診療の接点において今後さらに精査すべき重要な論点です。

アスリートやその指導者、医療者にとって、この知見は「過去の栄光」が時に「将来の負荷」となることを示すものであり、競技後の健康管理の在り方を見直す契機となるべきです。

参考文献

Bondarev, S., Achkasov, E., Zorzi, A., Safaryan, A., Graziano, F., & Sizov, A. (2024). Intrinsic Sinus Node/Atrioventricular Node Dysfunction Requiring Pacemaker Implantation: Role of Former Professional Sport Activity. Journal of Clinical Medicine, 13(1), 203. https://doi.org/10.3390/jcm13010203

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