- 1. 肝がん(Liver cancer)
- 2. 甲状腺がん(Thyroid cancer)
- 3. 膵がん(Pancreatic cancer)
- 4. 膀胱がん(Bladder cancer)
- 5. 大腸がん(Colorectal cancer)
- 6. 腎がん(Kidney cancer)
- 7. 乳がん(Breast cancer)
- 8. 子宮内膜がん(Endometrial cancer)
- 9. 髄膜腫(Meningioma)
- 10. 上部消化管がん(Upper gastrointestinal cancers:食道腺がんなど)
- 11. 卵巣がん(Ovarian cancer)
- 12. 多発性骨髄腫(Multiple myeloma)
- 13. 前立腺がん(Prostate cancer)
はじめに
肥満は世界的に増加し続け、心血管疾患や糖尿病のみならず、がん発症の強力なリスク因子としても知られています。米国では毎年診断されるがんの約40%が肥満関連とされ、その数は膨大です。近年、肥満治療薬として注目されているのがグルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(GLP-1RA)です。GLP-1RAは本来糖尿病治療薬として開発されましたが、体重減少効果が大きいことから2014年に肥満治療薬として承認され、急速に普及しました。では、この薬ががんリスクにどのような影響を及ぼすのか。本研究は、糖尿病の有無に関わらず肥満・過体重成人を対象に、GLP-1RA使用とがん発症リスクとの関連を大規模データで検証しました。
研究デザインと対象
研究は米国南東部の2000万人ものデータを含むOneFlorida+ネットワーク(2014〜2024年)を用いた後ろ向きコホート研究で、target trial emulationという方法論を採用しています。これは、観察研究でありながら無作為化試験に近い条件を模倣し、交絡や不死時間(immortal time)バイアスを最小限に抑える設計です。
対象は、18歳以上で肥満(BMI ≥30)または過体重(BMI 27–29.9かつ体重関連合併症(高血圧や糖尿病など)あり)の成人。がん既往者、妊娠中、追跡30日未満は除外されました。最終的に86,632人(GLP-1RA使用者43,317人、非使用者43,315人)が解析されました。平均年齢は52.4歳、女性は68.2%、糖尿病を有する割合は50.7%でした。
主要評価項目は、13種類の肥満関連がん+肺がん の発症。
肝がん(liver cancer) 甲状腺がん(thyroid cancer) 膵がん(pancreatic cancer) 膀胱がん(bladder cancer) 大腸がん(colorectal cancer) 腎がん(kidney cancer) 乳がん(breast cancer) 子宮内膜がん(endometrial cancer) 髄膜腫(meningioma) 上部消化管がん(upper gastrointestinal cancer) 卵巣がん(ovarian cancer) 多発性骨髄腫(multiple myeloma) 前立腺がん(prostate cancer) 肺がん(lung cancer)。
主な結果
全体のがん発症リスク
10年間の追跡で、GLP-1RA使用群のがん発症率は 13.6/1000人年、非使用群は 16.4/1000人年。これは17%のリスク低下(HR 0.83, 95% CI 0.76–0.91, P = .002)を意味します。
特定のがんでの影響
- 子宮内膜がん:HR 0.75(95% CI 0.57–0.99)
- 卵巣がん:HR 0.53(95% CI 0.29–0.96)
- 髄膜腫:HR 0.69(95% CI 0.48–0.97)
これらはいずれも有意にリスク低下を示しました。
一方で、腎がんはHR 1.38(95% CI 0.99–1.93)と境界的に有意な増加傾向が認められ、特に65歳未満や過体重(BMI 27–29.9)の群で目立ちました。
感度解析
子宮内膜がんと卵巣がんを合わせた「婦人科がん」として解析すると、HR 0.68(95% CI 0.52–0.87)と、さらに強いリスク低下が確認されました。
分子生物学的考察
GLP-1RAがなぜがんリスクに影響するのか。いくつかのメカニズムが考えられます。
- 子宮内膜がん
肥満や高インスリン血症は子宮内膜がんの主要リスク因子です。GLP-1RAは体重減少やインスリン感受性改善をもたらし、結果として発がんリスクを低減すると考えられます。実験研究では、リラグルチドが子宮内膜がん細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導することが報告されています。 - 卵巣がん
GLP-1RA(例:エキセナチド)は腫瘍細胞の浸潤や転移に関わるマトリックス分解酵素の発現を抑制し、その阻害因子を増加させることが示されています。これは卵巣がんに対する直接的な抗腫瘍作用を示唆します。 - 髄膜腫
髄膜腫の約35%がGLP-1受容体を発現しており、ホルモン感受性腫瘍として代謝やホルモン環境に影響を受けやすいことが知られています。GLP-1RAが直接的に腫瘍細胞へ作用する可能性があり、今回の疫学的所見を支持します。 - 腎がん
GLP-1受容体は腎血管にも存在し、腎機能調整に関与します。しかし、腎細胞がんの発症との関連は不明瞭です。既存の研究では腎保護的効果が報告されている一方、本研究ではリスク増加の傾向が見られました。分子生物学的にどのような機序で腎がんリスクが高まるのかは未解明であり、今後の研究課題です。
臨床的意義
GLP-1RAはすでに米国で1億人以上が適応を持つ薬剤とされており、がんリスクへの影響は公衆衛生的に極めて大きな意味を持ちます。臨床医にとっては以下の示唆があります。
- 婦人科がんリスクの高い肥満女性では、GLP-1RAは二重のメリット(体重減少+がん予防)をもたらす可能性がある。
- 腎がんに関してはリスク上昇の可能性があり、特に若年・過体重患者では注意が必要。
- したがって、GLP-1RAの処方は「体重減少効果」だけでなく「がんリスクの個別化評価」を組み込むべきである。
明日からの臨床実践でできることとしては、GLP-1RA導入時に「患者のがんリスク背景を考慮する」こと、特に婦人科腫瘍リスクが高い女性患者には積極的な選択肢となり得る点が挙げられます。
Limitation
- 観察研究であり、交絡因子を完全に除外できない。
- BMIや血糖コントロールの縦断データがなく、効果が薬剤自体か減量効果によるものかは判別困難。
- 卵巣や膵がんなど一部がんでは症例数が少なく、統計的パワーが限られる。
- 追跡期間は最大10年程度であり、がんの長期的影響を十分に捉えきれていない。
- がん既往者は含まれておらず、再発や二次がんへの影響は不明。
まとめ
GLP-1受容体作動薬は、肥満または過体重の成人において全体的ながんリスクを有意に低減し、特に子宮内膜がん、卵巣がん、髄膜腫で明確な予防的効果が示されました。GLP-1RAが単なる「代謝改善薬」にとどまらず、「がん予防の可能性を持つ薬」として位置づけられる可能性が示されました。
一方で、腎がんリスク上昇の可能性が指摘されており、個別化医療の重要性が強調されます。肥満治療薬の選択は、体重減少だけでなく「がんリスク修飾因子」としての役割も考慮すべき段階に入りつつあります。
参考文献
Dai H, Li Y, Lee YA, et al. GLP-1 Receptor Agonists and Cancer Risk in Adults With Obesity. JAMA Oncol. Published online August 21, 2025. doi:10.1001/jamaoncol.2025.2681
参考:13種類の肥満関連がん
論文で対象となった 13種類の肥満関連がん について、それぞれ「疫学的関連(リスク比など)」と「考えられる生物学的メカニズム」を整理します。記載は国際的な疫学研究(IARC、NCI、Lancet Commission など)に基づく一般知見です。
1. 肝がん(Liver cancer)
- 疫学的関連:肥満者では肝細胞がんのリスクが約2倍に上昇。特に非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)、NASHを経由する経路が重要。
- メカニズム:慢性炎症、脂肪肝による線維化、インスリン抵抗性によるIGF-1シグナル亢進。
2. 甲状腺がん(Thyroid cancer)
- 疫学的関連:肥満者は甲状腺乳頭がんの発症リスクが約1.3〜1.5倍。
- メカニズム:TSH高値やインスリン抵抗性による甲状腺細胞増殖刺激。
3. 膵がん(Pancreatic cancer)
- 疫学的関連:BMIが5単位増加するとリスクが約10〜12%上昇。糖尿病合併でさらに高まる。
- メカニズム:高インスリン血症、炎症性サイトカインによる腫瘍微小環境の悪化。
4. 膀胱がん(Bladder cancer)
- 疫学的関連:肥満との関連は比較的弱いが、大規模コホートではリスク上昇が報告される。
- メカニズム:インスリン抵抗性や慢性炎症により細胞増殖シグナルが活性化。
5. 大腸がん(Colorectal cancer)
- 疫学的関連:肥満男性ではリスクが約1.5〜2倍に上昇。女性でも増加傾向。
- メカニズム:インスリン/IGF-1経路の活性化、腸内細菌叢変化による炎症促進。
6. 腎がん(Kidney cancer)
- 疫学的関連:BMI上昇と直線的に関連。特に腎細胞がんのリスクが高い。
- メカニズム:高血圧・インスリン抵抗性、脂肪組織由来のアディポカインによる影響。
7. 乳がん(Breast cancer)
- 疫学的関連:閉経後女性ではリスク増加(1.2〜1.5倍)、閉経前はむしろ減少傾向。
- メカニズム:脂肪組織でのエストロゲン産生増加、慢性炎症。
8. 子宮内膜がん(Endometrial cancer)
- 疫学的関連:最も強い関連を持つがんのひとつで、肥満女性ではリスクが3〜7倍に上昇。
- メカニズム:肥満によるエストロゲン過剰、インスリン抵抗性。
9. 髄膜腫(Meningioma)
- 疫学的関連:肥満女性ではリスクが約1.5倍。
- メカニズム:ホルモン依存性腫瘍であり、エストロゲン・プロゲステロンの影響。
10. 上部消化管がん(Upper gastrointestinal cancers:食道腺がんなど)
- 疫学的関連:特に食道腺がんでは強い関連があり、肥満男性でリスクが4〜5倍。
- メカニズム:胃食道逆流症(GERD)とバレット食道を介した発がん経路。
11. 卵巣がん(Ovarian cancer)
- 疫学的関連:肥満女性でリスクがやや上昇(1.1〜1.3倍程度)。
- メカニズム:エストロゲン過剰、炎症性環境、IGF-1経路。
12. 多発性骨髄腫(Multiple myeloma)
- 疫学的関連:肥満者ではリスクが約1.2〜1.5倍。
- メカニズム:慢性炎症やアディポカインによる骨髄環境の変化。
13. 前立腺がん(Prostate cancer)
- 疫学的関連:リスクそのものよりも「進行性・高悪性度」のリスク上昇が特徴。肥満男性で致死的前立腺がんのリスクが高い。
- メカニズム:ホルモン変化(テストステロン・エストロゲンバランス)、慢性炎症。