JAMA 2025年3月21日オンライン掲載の医学ニュース「New Blood Test Shows Promise in Detecting Pancreatic Cancer」に基づく、膵がん早期発見の可能性を有する血液検査の話です。元の論文は読めていません、すいません。
はじめに:なぜ膵臓がんの早期発見は難しいのか
膵臓がん(特に膵管腺がん:PDAC)は、近年もなお予後が非常に不良ながん種のひとつです。米国では毎年50,000人以上がこの疾患で命を落としており、がん死亡原因の第3位を占めています。その大きな要因の一つは「早期発見の困難さ」にあります。自覚症状が出にくく、診断時にはすでに局所進行あるいは転移性の進行がんであるケースが多く見られます。
実際、ステージIの局所限局型膵臓がんでは5年生存率が40%以上と報告されていますが、ステージIVになるとその数値は一桁台にまで落ち込みます。つまり、早期発見ができれば、治癒の可能性が劇的に高まるにもかかわらず、現時点で米国FDAが承認するスクリーニング検査は存在していません。
既存のバイオマーカーの限界
膵臓がんの腫瘍マーカーとして現在最も使用されているのが「CA19-9(Carbohydrate Antigen 19-9)」です。しかし、CA19-9には感度・特異度の両面において明確な限界があります。膵臓がん以外の良性疾患(例えば胆管炎や胆石症)でも上昇することがあり、また、Lewis抗原陰性の人(約5%)では上昇しないという課題もあります。いずれにせよ、早期発見には役立ちません。
このような背景から、新たな非侵襲的バイオマーカーの開発が待望されていました。
PAC-MANN-1とは何か
このたび発表されたPAC-MANN-1(Pancreatic Cancer – Matrix Metalloprotease Analysis by Nanoparticle-based Nanosensor)は、従来とは異なるメカニズムで膵臓がんを検出する液体生検です。注目すべきは、がん細胞が放出する「マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)」の血中濃度を利用する点です。
MMPは、細胞外マトリックスの分解を担う酵素群であり、腫瘍の浸潤や転移に関与するとされています。膵臓がん細胞は特定のMMP(とくにMMP-7, MMP-9)を高発現しており、これを定量的に検出することで、がんの存在を早期に把握しようというのがPAC-MANN-1のコンセプトです。
このアプローチの斬新さは、血液中のMMP濃度という「腫瘍の動的挙動」を可視化できる点にあります。従来の腫瘍マーカーが静的な代謝産物や糖鎖に基づいていたのに対し、MMPは腫瘍の活動性や進展性をより正確に反映する可能性があると期待されています。
臨床試験の成果:高い特異度と実用性の示唆
今回、PAC-MANN-1は合計356人を対象とする臨床試験で評価されました。その結果、以下の有望なパフォーマンスが報告されました。
- 感度(Sensitivity):73%(膵管腺がん患者を正確に陽性と判定した割合)
- 特異度(Specificity):98%(非がん患者を正確に陰性と判定した割合)
さらに注目すべきは、既存のCA19-9との併用によって検出精度がさらに向上した点です。とくにステージIおよびIIの早期膵臓がんにおいては、CA19-9単独では検出できなかった症例のうち、PAC-MANN-1が追加で検出に成功したケースが多数報告されました。
これにより、PAC-MANN-1とCA19-9の併用が「一次スクリーニング+補完診断」のような二段階アプローチとして臨床に導入される可能性が見えてきました。
現場での応用可能性
PAC-MANN-1は現在のところ研究段階ですが、将来的には以下のような実臨床への応用が期待されます。
- 家族歴や遺伝的リスクを有する高リスク群(例:BRCA2変異キャリア、慢性膵炎患者)へのスクリーニング
- CA19-9陰性例への補完的検査
- 治療後のモニタリングや再発チェックへの利用
- 一般健診項目への将来的な組み込み
医療従事者や研究者は、このような新たな検査法が台頭する背景を理解し、患者とのリスクコミュニケーションにおいて「早期発見の意義」や「バイオマーカーの限界と進化」について説明できることが求められます。
新規性と従来研究との違い
PAC-MANN-1の新規性は以下の3点に集約されます。
- MMPを標的とする点で、従来の糖鎖抗原(CA19-9など)とはまったく異なる分子マーカーに基づく点
- 液体生検という非侵襲的かつ迅速な手法を用いている点
- 既存バイオマーカーと補完的に機能し、検出精度を相互に高められる点
既存研究では、液体生検を用いたがん検出はすでに乳がんや肺がんで実用化されつつありますが、膵臓がんにおいては未踏の領域でした。本研究はその突破口となる可能性を秘めています。
Limitation
もちろん、この研究にも限界があります。
- 感度73%は、早期発見ツールとしては決して満点ではありません。ステージIに限定すればさらに感度が低下する可能性があります。
- 対象数が356人と限られており、より大規模かつ多施設での検証が必要です。
- MMPの発現は他のがん種や炎症性疾患でも上昇する可能性があり、がん種特異性が必ずしも高いとは限りません。
- 現時点での使用は研究段階にあり、実臨床への導入にはさらなるバリデーションが求められます。
おわりに
膵臓がんに対する「予兆を捉える技術」は、従来の画像診断や腫瘍マーカーの枠を超え、新たな地平に入りつつあります。PAC-MANN-1は、膵臓がんに対して非侵襲的かつ早期の診断を可能にする潜在力を有しており、今後の臨床応用が大いに期待されます。
参考文献
・Anderer S. New Blood Test Shows Promise in Detecting Pancreatic Cancer. JAMA. Published online March 21, 2025. doi:10.1001/jama.2025.2572
・Montoya Mira JL, Quentel A, Patel RK, Keith D, Sousa M, Minnier J, Kingston BR, David L, Esener SC, Sears RC, Lopez CD, Sheppard BC, Demirci U, Wong MH, Fischer JM. Early detection of pancreatic cancer by a high-throughput protease-activated nanosensor assay. Sci Transl Med. 2025 Feb 12;17(785):eadq3110. doi: 10.1126/scitranslmed.adq3110. Epub 2025 Feb 12. PMID: 39937880.