HDLコレステロールは、本当に「善玉」なのか?

脂質代謝

はじめに ― “善玉”とされるHDLの再評価

長年にわたり、「高密度リポタンパク質コレステロール(HDL-C)」は動脈硬化から身体を守る“善玉”コレステロールとして知られてきました。しかし、HDL-Cの上昇が必ずしも心血管リスクの低下と一致しないことが、近年の研究で次第に明らかになりつつあります。特に、遺伝的にHDL-Cが高値を示す「高HDLコレステロール血症(hyperalphalipoproteinemia, HALP)」が、かえって心血管イベントのリスクを高める可能性もあるという新たな知見は、従来の常識を揺るがすものです。本稿では、Giammancoらによる包括的レビューをもとに、HALPについて解説します。


HDLの多面的な生理機能:コレステロールの運び屋を超えて

HDLは異なるサブポピュレーションからなる複雑な粒子群であり、アポリポ蛋白AI(apoA-I)を主要な構成成分としています。apoA-Iは243のアミノ酸からなるタンパク質で、肝臓と腸管で合成されます。

HDLは単にコレステロールを回収するだけの存在ではありません。中心的な役割は「コレステロール逆輸送(reverse cholesterol transport, RCT)」であり、末梢組織から肝臓へ過剰なコレステロールを戻すことで、動脈硬化の進行を抑制します。RCTのプロセスは以下のように進行します。

  1. 貧脂質のapoA-IがATP-binding cassette transporter member 1 (ABCA1) を介してマクロファージからコレステロールを受け取る
  2. ATP binding cassette transporter G1 (ABCG1)を介してHDLが成熟する
  3. lecithin/cholesterol acyltransferase(LCAT)が遊離コレステロールをエステル化し、成熟した球形HDLを形成
  4. HDLが肝臓のscavenger receptor class B type I(SR-BI)に結合し、血流から選択的に除去される

この過程において、HDLは次のような多面的な生理作用も示します。

  • 抗炎症作用:マクロファージの炎症性サイトカイン産生を抑制
  • 抗酸化作用:LDLの酸化を防ぐ
  • 血管内皮保護作用:eNOS(内皮一酸化窒素合成酵素)活性化を通じてNOを産生
  • 免疫調整作用:T細胞の活性化を抑える

このように、HDLは“質”においても多機能なリポタンパク質であることが、近年の研究で明確になっています。


高HDL血症(Hyperalphalipoproteinemia, HALP)の原因

高HDL血症(Hyperalphalipoproteinemia, HALP)は、血漿中の高比重リポ蛋白コレステロール(HDL-C)値が一般人口の分布の90パーセンタイルを超える状態を指します。HDL-C値が80-100mg/dLの場合は中等度、100mg/dLを超える場合は重度と分類されます。

HALPは遺伝的要因(一次性)と二次的要因に分類されます。一次性HALPの主な原因遺伝子として以下が知られています:

CETP(コレステリルエステル転送蛋白;cholesteryl ester transfer protein)欠損症

日本人において特に多く認められ、HDL-Cがしばしば100mg/dLを超えます。D442G、G309Xなどの変異が報告されており、日本人の一般集団における頻度(アレル頻度※)はそれぞれ、2.5-5%、1.6%ほどです。80mg/dL以上のHDL-Cを持つ日本人のうち31%にCETP遺伝子変異があるとされます。CETPはLDLやVLDLとHDLの間でコレステリルエステルを転送する役割を果たしており、その機能が失われるとHDLが異常に蓄積します。ただし、RCTが阻害されるため、逆に心血管リスクが高まる可能性があります。

※ アレル頻度:遺伝子の特定の座位(位置)における「変異アレル」が、集団内でどれくらいの割合で存在しているかを示す

HL(肝性リパーゼ;hepatic lipase)およびAPOC3の変異

HLはHDLリモデリングに関与し、APOC3はリポタンパク質リパーゼ活性を阻害することで、トリグリセリド代謝に影響を与えます。APOC3遺伝子の不活化では、HDL-Cが22%上昇し、心血管疾患リスクは有意に低下します。

SR-BI(スカベンジャー受容体B1;scavenger receptor class B type I )変異

SCARB1遺伝子の変異により、HDLから肝臓へのコレステロール受け渡しが障害され、HDL-Cは上昇します。しかしRCTが低下し、むしろ動脈硬化が進行する可能性が示唆されています。

EL(内皮リパーゼ;endothelial lipase)変異

ELはHDLリン脂質の加水分解に関与しており、欠損によりHDLは粒子径が大きくなる傾向があります。ただしその抗動脈硬化作用は今後の研究が必要です。

二次的要因

二次的要因としては、薬物(スタチン、フィブラート、ナイアシンなど)、妊娠、アルコール摂取、肝疾患、激しい有酸素運動などが挙げられます。特に女性ではエストロゲンの影響でHDL-C値が高くなる傾向があります。


HDL-Cと心血管疾患:量と質の乖離

HDL-C値が高ければ高いほど良い、心血管保護因子という従来の考え方は、近年のメンデルランダム化研究により再考を迫られています。

・コペンハーゲン都市心臓研究とコペンハーゲン一般人口研究では、HDL-Cと全死亡率および心血管死亡率にはU字型の関連が認められました。男性では58mg/dL(1.5mmol/L)、女性では77mg/dL(2.0mmol/L)付近で心血管イベントの頻度が最も低く、これ以上のHDL-C値では追加的な保護効果は認められませんでした。

・CETP欠損症患者においては、HDL-C値が80mg/dL以上であっても、動脈硬化性血管疾患に対する保護効果は明らかではありません。

・逆コレステロール輸送(RCT)の機能不全により、HDL遊離コレステロール(HDL-FC)が増加し、これが動脈壁を含むいくつかの組織に対して毒性およびプロアテローム性の特性を発揮する可能性が指摘されています。

このパラドックスの背景には、大型化したHDL粒子が動脈内膜に閉じ込められ、コレステロール沈着と動脈硬化の進行を促進するという仮説が提唱されています。“質の低いHDL”が逆にアテローム形成を促進する可能性があるということです。


HDL-Cを標的とした治療の挫折と教訓

かつてHDL-Cを上昇させることを目的とした薬剤がいくつか開発されましたが、いずれも心血管イベントの予防には失敗しています。

  • ナイアシン:HDL-Cは上昇するが、副作用が多く、臨床的有効性は乏しい。
  • フィブラート:トリグリセリド低下とともにHDL上昇も期待されたが、主要心血管イベントの減少には至らず。
  • CETP阻害薬:トーセトラピブ(死亡率上昇)、ダルセトラピブ(効果なし)、エバセトラピブ(第3相試験中止)など、相次ぐ失敗が続いています。

この背景には、単にHDL-Cを増やすだけではなく、その機能を伴っていなければ意味がないという教訓が含まれています。


今後の展望 ― HDL機能の“質”評価へ

新たな治療の方向性として注目されているのは、HDLの「質」を強化するアプローチです。たとえば、CSL112はヒトapoA-Iの製剤で、コレステロール引き抜き能を高める可能性があります。また人工HDL(rHDL)の研究も進行中です。

臨床応用に向けては、コレステロール引き抜き能、酸化LDL抑制能、抗炎症能といったHDL機能の定量的評価法が確立されることが重要です。今後の研究では、HDL-C値だけでなく、粒子のサブクラス、構成アポリポタンパク質、機能的特性の包括的評価が求められます。

臨床的意義と実践的なアドバイス

HDL-C値の解釈:単にHDL-C値が高いからといって心血管保護を過信せず、他のリスク因子と総合的に評価することが重要です。特にHDL-Cが極端に高い場合(男性で90mg/dL以上、女性で120mg/dL以上)には、逆にリスクが増加する可能性を考慮します。

遺伝的素因の評価:家族性の極端な高HDL血症が疑われる場合、CETPやその他の関連遺伝子の検査を考慮します。特にアジア人ではCETP欠損の頻度が高いことに留意します。

治療戦略:現時点では、HDL-Cを単独で標的とした治療は推奨されません。LDL-Cの管理を最優先とし、必要に応じて包括的なリスク管理を行います。

生活習慣の改善:適度な運動、禁煙、地中海食などの健康的な生活習慣は、HDL機能を改善する可能性があります。ただし、過度のアルコール摂取はHDL-Cを上昇させますが、推奨される方法ではありません。


おわりに ― HDLとの向き合い方を変える時代

本レビューが強調するように、HDLは量よりも質が重要であり、“高ければ安心”という単純な構図は成り立たなくなりつつあります。臨床現場においても、HDL-Cが非常に高い患者を見たときには、背景にある遺伝要因やHDLの機能異常を視野に入れる必要があります。

明日からの診療で実践できるのは、単なるHDL-C値の追求をやめ、包括的な脂質プロファイルと心血管リスク評価に重きを置くという姿勢です。患者に対しても、「善玉だから大丈夫」という単純な説明から、「高すぎるHDLにも注意が必要です」といったバランスの取れた情報提供が求められます。

参考文献

Giammanco A, Cefalù AB, Noto D, Averna MR. Hyperalphalipoproteinemia and Beyond: The Role of HDL in Cardiovascular Diseases. Life. 2021;11(6):581. https://doi.org/10.3390/life11060581


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