肥満と大腸がん:BMIから腹囲へ

消化器科

肥満は世界的な健康問題として広く認識されていますが、その健康への影響を正確に評価するには、単なる体重やBMI(Body Mass Index)の測定を超えた新しいアプローチが必要です。本稿では、2025年に発表された大規模コホート研究を基に、肥満指標と大腸がん(colorectal cancer ;CRC)の関係を掘り下げ、どのようにしてその知見を日常生活や予防戦略に応用できるかを解説します。

背景

1990年以降、成人肥満の有病率は2倍以上に増加しました。WHOによれば、2022年には成人の43%が過体重(BMI≥25)、16%が肥満(BMI≥30)とされています。この肥満の流行は、さまざまな疾患リスク、特に大腸がん(CRC)のリスクを増大させることが知られています。しかし、肥満の影響を測定する従来の指標であるBMIは、体脂肪の分布や質を反映せず、CRCリスクの評価において過小評価をもたらす可能性があります。

本研究は、BMIに加え、中心性肥満の指標であるウエスト周囲径(
waist circumference;WC)およびウエスト・ヒップ比(waist to hip ratio;WHR)を用いてCRCリスクを評価し、中心性肥満の重要性を浮き彫りにしました。

方法と解析

本研究では、UK Biobankの50万人近いコホートデータを用い、BMI、WC、WHRの3つの肥満指標とCRC発生リスクとの関連を評価しました。

各肥満指標の結果

各肥満指標は以下の四分位範囲に基づいて解析されました:

  • BMI(Body Mass Index)
    • 第一四分位:<24.2
    • 第二四分位:24.2≤BMI<26.7
    • 第三四分位:26.7≤BMI<29.9
    • 第四四分位:BMI≥29.9
  • WC(ウエスト周囲径)
    • 男性
      • 第一四分位:<89cm
      • 第二四分位:89≤WC<96cm
      • 第三四分位:96≤WC<103cm
      • 第四四分位:WC≥103cm
    • 女性
      • 第一四分位:<75cm
      • 第二四分位:75≤WC<83cm
      • 第三四分位:83≤WC<92cm
      • 第四四分位:WC≥92cm
  • WHR(ウエスト・ヒップ比)
    • 男性
      • 第一四分位:<0.89
      • 第二四分位:0.89≤WHR<0.93
      • 第三四分位:0.93≤WHR<0.98
      • 第四四分位:WHR≥0.98
    • 女性
      • 第一四分位:<0.77
      • 第二四分位:0.77≤WHR<0.81
      • 第三四分位:0.81≤WHR<0.86
      • 第四四分位:WHR≥0.86

対象者の中央値年齢は57歳(50-63歳)で、53.3%が女性でした。中央値11.8年間の追跡期間中に5,944例のCRCが確認されました。

解析には多変量Cox比例ハザードモデルを用い、年齢、性別、喫煙歴、身体活動、食生活などの交絡因子を調整しました。また、追跡開始から2年、4年、7年を除外した感度分析により、診断前の体重減少がリスク評価に与える影響も検討しました。

結果の詳細

  • CRCリスクのハザード比(HR) BMI最高四分位と最低四分位のHRは1.23(95% CI, 1.14-1.33)でした。一方、WCでは1.37(95% CI, 1.27-1.49)、WHRでは1.40(95% CI, 1.29-1.51)と、中心性肥満指標がより高い関連性を示しました。
  • 人口寄与割合(PAF) CRCにおける肥満のPAFは、BMIが9.9%(95% CI, 5.5-14.4%)、WCが17.3%(95% CI, 12.3-22.1%)、WHRが17.6%(95% CI, 12.9-22.2%)でした。初期追跡期間を除外すると、これらの差は縮小しましたが、それでもWHRが最も高い値を示しました。
    ※ たとえば、WHRのPAFが17.6%であることは、「中心性肥満がなければ大腸がんの17.6%が防げた可能性がある」ことを意味します。
  • 性差と部位別リスク 男性におけるPAFは女性よりも高く、特にWHRで25.1%に達しました。また、結腸がんは直腸がんよりも肥満との関連が強いことが確認されました。

生物学的メカニズム

中心性肥満がCRCリスクを高める背景には、以下のような生物学的メカニズムが関与しています:

  1. 慢性炎症 内臓脂肪は、炎症性サイトカイン(IL-6、TNF-α)やアディポカイン(アディポネクチン、レプチン)の産生源であり、これらが炎症反応を促進します。慢性的な炎症は腫瘍形成を誘発する可能性があります【5】。
  2. インスリン抵抗性と高インスリン血症 中心性肥満はインスリン抵抗性を悪化させ、高インスリン血症を引き起こします。インスリンとIGF-1(インスリン様成長因子-1)は、細胞増殖と腫瘍進展を促進することが知られています【5】。
  3. 腸内細菌叢の変化 肥満は腸内細菌叢の多様性を低下させると同時に、プロ炎症性の腸内環境を形成します。これが腫瘍形成に寄与する可能性があります。

実践的な提案

この研究結果に基づき、以下のアプローチが推奨されます:

  1. ウエスト周囲径とWHRの定期的測定 自身の健康状態をより正確に把握するために、BMIだけでなくWCとWHRも測定し、記録する習慣をつけましょう。具体的には、男性はWC≥102cm、女性はWC≥88cmを超えないようにすることを目標に設定してください。
  2. 身体活動の促進 中心性肥満の軽減には、特に腹部脂肪を減らすための有酸素運動と筋力トレーニングが有効です。週150分以上の中強度運動を推奨します。
  3. 抗炎症食の導入 抗炎症作用のある食品(魚、ナッツ、全粒穀物、野菜、果物など)を積極的に摂取し、加工食品や糖分の多い飲食物の摂取を控えましょう。
  4. 定期的な健康診断 大腸がん検診を定期的に受けることで、早期発見・早期治療を可能にします。特に肥満や中心性肥満のリスクを有する場合は、より積極的なスクリーニングが必要です。

結論

肥満と大腸がんの関係を評価するにあたり、従来のBMIだけでは不十分であり、中心性肥満指標(WCやWHR)を考慮することが重要です。本研究は、肥満が大腸がんに与えるリスクの再評価を促すものであり、予防医療の分野において新たな方向性を示しました。中心性肥満を軽減する努力が、個々人の健康維持だけでなく、社会全体のがん負担の軽減にも寄与するでしょう。

参考文献

Fatemeh Safizadeh, MSc; Marko Mandic, MSc; Michael Hoffmeister, PhD; Hermann Brenner, MD, MPH. “Colorectal Cancer and Central Obesity.” JAMA Network Open. 2025;8(1):e2454753. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.54753

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