はじめに
死別は人生の中でも最も精神的・身体的負担の大きいライフイベントの一つである。ここでは、“Widowhood and Depression: Explaining Long-Term Gender Differences in Vulnerability”(Umberson et al., 1992) の研究を基に、死別が男女に及ぼす影響の違いと、それに伴う抑うつの発症メカニズム について考察する。
本論文では、1986年に実施された全米調査(N=3,614)を基に、死別経験が抑うつのリスクを高めることを実証している。特に、男性は女性よりも死別後の抑うつリスクが高い ことが統計的に明確に示されている。
なぜ男性は死別後の精神的影響を受けやすいのか?そして、これを防ぐためにどのようなアプローチが必要なのか?
死別が抑うつを引き起こすメカニズム
社会的孤立の影響
論文のデータによると、男性は、死別後の社会的ネットワークが急激に縮小する。これは、
- 男性は結婚生活において妻に依存する傾向がある (Bock & Webber, 1972; Fischer & Phillips, 1982)
- 男性の社会的ネットワークは結婚後に妻を中心としたものになるため、死別後に急激に縮小する可能性がある (Morgan, 1984; Pihlblad & Adams, 1972)
- 男性の社会的ネットワークは、女性に比べて狭く、職場や特定の活動を介して形成されることが多い (Umberson & House, 1988)
- 結婚している間、男性の社会的関係は妻を通じて広がることが多いため、死別後に急速に縮小する (Fischer & Phillips, 1982)
一方で、女性は以下のような特徴を持つため、死別後の社会的支援を受けやすい。
- 女性は男性よりも友人や親族との関係を維持しやすい (Powers & Bultena, 1976)
- 女性は男性よりも配偶者以外にも親しい人間関係(confidant)を持つことが多く、死別後もサポートを受けやすい (Fischer & Phillips, 1982)
- 女性は男性よりも死別後に親族や友人との交流を続けることができる (House, Umberson & Landis, 1988)
助けを求めない傾向とその影響
- 男性は死別後に「誰にも頼らず一人で対処しようとする」傾向がある (House et al., 1988)
- 男性は女性に比べて、助けを求めることが少なく、社会的支援を活用しにくい (Umberson & House, 1988)
- 女性は、死別後に友人や親族との関係を強化することで心理的な支援を受けるが、男性はこれを避ける傾向がある (Morgan, 1984)
この結果、男性は長期的に社会的孤立が続きやすく、抑うつや身体的な健康問題の増加 につながる (Gove, 1973)。
性差によるストレス応答の違い
- 男性の方が死別後に抑うつレベルが高く、心理的健康が悪化しやすい (Stroebe & Stroebe, 1987)
- 女性の方が死別後の心理的回復が早いのは、社会的支援を受けやすいため (Ferraro, Mutran & Barresi, 1984)
男性はHPA軸の活性化が持続しやすく、
- コルチゾール分泌の持続 → 神経可塑性の低下
- セロトニン枯渇 → 抑うつ発症リスク増大
一方、女性はオキシトシンの分泌によりストレス緩和が比較的早く起こる。
実践的アプローチ:死別後、健全に過ごすために
男性向けの対策
- 社会的ネットワークの再構築
- 男性専用のサポートグループの活用
- 地域活動やボランティアへの参加
- 心理的サポートの確保
- 認知行動療法(CBT)の活用
- オンライン・メンタルヘルスカウンセリング
結論
本稿では、死別後の抑うつリスクが性別によって異なる理由について考察した。特に、男性の社会的孤立と家事負担の増加が、死別後の抑うつリスクを増大させる ことが明らかになった。
死別が単なる個人の悲しみではなく、社会的・生理的な問題として捉えられるべき であることを再認識する必要がある。
参考文献
Umberson, D., Wortman, C. B., & Kessler, R. C. (1992). Widowhood and Depression: Explaining Long-Term Gender Differences in Vulnerability. Journal of Health and Social Behavior, 33(1), 10-24.