はじめに
心房細動(Atrial Fibrillation:AF)は、世界中で患者数が急増している不整脈です。2021年のGlobal Burden of Diseaseのデータによれば、AF患者数は5,300万人に上り、年間34万人がAF関連死に至っています。そして、その医療費負担は年々増加しています。特に、発作性AF(7日未満で自然停止)から持続性AF(7日以上持続)への進展は、早期死亡率、血栓塞栓症、心不全の発生率の上昇をもたらし、医療費も指数関数的に増加します。また、生活の質(QOL)に深刻な影響を及ぼすことも明らかになっています。
AFの進展に伴い、脳梗塞や心不全、入院リスクが急増することは、多くの研究で示されています。しかし、これまで「AF進展そのもの」をターゲットにした治療戦略は、十分に確立されていませんでした。本稿では、最新の論文「Impact of Catheter Ablation of Atrial Fibrillation on Disease Progression」(JACC Clinical Electrophysiology, 2025)をもとに、AFの進展に関する最新知見と、カテーテルアブレーション(以下CA)が持つ疾患修飾効果を読み解いていきます。
AFの病態生理と進行メカニズム
AFの病態生理は複雑で、遺伝的、環境的、心疾患要因が関与しています。AFの発生と維持には、不整脈を引き起こすトリガーと、それを維持する基質の存在が重要です。特に、肺静脈(PV)からの急速な放電がAFの主要なトリガーであり、AFへ進展、維持は、単なる電気的な問題にとどまらず、電気・構造・自律神経の三位一体のリモデリングが複雑に絡み合うプロセスです。
電気的リモデリング
まず、電気的リモデリングです。AF発症後数時間でL型Caチャネル(ICaL)の発現が低下し、再分極時間が短縮します。さらに、内向き整流性Kチャネル(IK1)やアセチルコリン依存性K電流(IKACh)が亢進し、活動電位の持続時間が短縮します。こうした変化により、電気的興奮伝導の波長が短くなり、持続的なリエントリー回路の形成が促進され、、AFが持続しやすくなります。
構造的リモデリング
加えて、構造的リモデリングでは、線維化による局所的伝導遅延や不均一性が進行し、リエントリー回路を安定化させます。ギャップ結合を構成するコネキシン43の発現低下も報告されており、細胞間の電気的カップリング不全がAF維持に寄与するのです。主に心房線維化が進行し、電気伝導の不均一性や局所的なブロックが生じ、リエントリーが維持されます。
自律神経調節異常
自律神経の関与も重要です。AF発作時、肺静脈-左房接合部に分布する心臓内神経叢(ganglionated plexi)が異常興奮、過活動状態(ハイパープラスティシティ)に移行し、AF持続、再発を助長します。心臓内神経叢(GP)を介した迷走神経刺激は、心房有効不応期を短縮し、AF発症を誘発するのです。持続的AFによりGP周囲の線維化・神経再構築(sprouting)が進行します。
また、交感神経優位によるCaハンドリング異常(リアノジン受容体:RyR2の過剰リーク)は、遅延後脱分極(DADs)を惹起し、異所性興奮の温床となります。
このように、AF進展は分子レベルから電気・構造・自律神経レベルまで連続した病態変化を伴う進行性疾患と言えます。
AF進展がもたらす臨床的リスク
AFの進行は非線形であり、診断後の最初の数年間で最も急速に進行します。一般的に、発作性AFから、持続性AFに移行して行きます。
・発作性AF:7日以内に自然に停止するAFエピソードを指します。
・持続性AF:7日以上続くAFエピソードを指します。
例えば、Canadian Registry of Atrial Fibrillation(CARAF)では、発作性AFから持続性AFへの1年後の進行率は8.6%、5年後は24.3%、10年後は36.3%でした。進行リスク因子としては、高齢、AFの長い病歴、AF関連症状の欠如、構造的異常(例:左房拡大、弁膜症)、および併存疾患(例:慢性閉塞性肺疾患、高血圧、糖尿病)が挙げられます。
AFが発作性から持続性へ進展する過程で、患者の予後は大きく悪化します。非発作性AF(持続性・永続性AF)では、発作性AFに比べて以下のリスク増加が報告されています。
- 心不全入院リスク:ハザード比1.30(95%CI 1.01-1.67)
- 全死亡リスク:ハザード比1.45(95%CI 1.12-1.87)
- 脳梗塞・全身性塞栓症リスク:ハザード比1.38(95%CI 1.19-1.61)
特に、発作性から持続性に移行する「進展期」は、最もリスクが高まる移行期です。この期間に脳梗塞や心不全増悪が多発することが、Fushimi AF RegistryやCHART-2研究で示されています。例えばFushimi AFレジストリでは、進行期における血栓塞栓症のリスクは、発作性AF患者の2.7倍、持続性AF患者の1.81倍でした。
既存の治療法とカテーテルアブレーションの位置づけ
これまでAF管理の中心は、症状緩和や合併症予防(抗凝固療法)でした。抗不整脈薬(AAD)は一定のリズムコントロール効果を持つものの、電気的・構造的リモデリング抑制効果は限定的です。RECORD-AFにおいて、AADによるリズムコントロール使用群ではレートコントロール群に比べてAF進展リスクが0.20倍に低下しましたが、電気的・構造的リモデリング改善は確認されませんでした。
一方、カテーテルアブレーションは、「トリガー除去」「基質修飾」「自律神経調整」という多層的な病態介入を実現します。「基質修飾」とは、心房細動(AF)の維持・進展に関わる左房の異常な電気的・解剖学的基質を意味します。肺静脈隔離(PVI)による異所性興奮源の遮断に加え、肺静脈-左房接合部の異常伝導改善や、自律神経叢の除去による迷走神経反射抑制が期待できます。
エビデンスが示すカテーテルアブレーションの進展抑制効果
EARLY-AF、ATTEST、Pokushalovらの3つのRCTが示すエビデンスは極めて強固です。発作性AFから持続性AFへの進展率は以下の通りです。
- EARLY-AF(治療未経験):CA群1.9% vs AAD群7.4%(HR 0.25)
- ATTEST(AAD抵抗性):CA群2.4% vs AAD群17.5%(HR 0.11)
- Pokushalov(再アブレーション):CA群4% vs AAD群23%(OR 0.13)
メタ解析では、CAによりAF進展リスクは83%低下(RR 0.17)。特に、早期CAが有効であり、進展抑制の「タイミング」が極めて重要です。
実践への提言
この知見を明日からの診療にどう活かすか。ポイントは以下の通りです。
- 早期CAの重要性を患者に説明し、発作性AFの段階で積極的に検討する
- HATCHスコアなどを用い、進展リスクを層別化し、進展ハイリスク群にCAを推奨する
- 生活習慣改善(体重管理、血圧管理、睡眠時無呼吸対策)を徹底し、AF基質形成を抑制する
- 定期的なリズムモニタリングで早期進展兆候を捉え、タイムリーな介入を行う
Limitation
- 使用アブレーション技術の違い(冷凍バルーン vs 高周波 vs PFA(パルスフィールドアブレーション))による影響は未解明です。
- 持続性AF以降の転帰改善効果は今後の検証が必要です。
結論
AFは慢性進行性の疾患であり、電気的、構造的、自律神経的なリモデリングがその進行を促進します。カテーテルアブレーションは、AF進行を遅らせる効果がAADよりも優れており、早期介入が重要です。
参考文献
Benali K, et al. Impact of Catheter Ablation of Atrial Fibrillation on Disease Progression. JACC Clin Electrophysiol. 2025;11(2):421-435.
追記:HATCHスコア
HATCHスコアは、発作性心房細動(AF)が持続性AFへ進展するリスクを予測するためのリスクスコアです。
発作性AFの患者が、どの程度「AF進展リスクが高いのか」を数値化して層別化するために使われます。
HATCHスコアの基本構成
HATCHスコアでは、以下の5つの臨床因子にポイントを割り当て、それを合計してリスク評価を行います。
項目 | 点数 |
---|---|
高血圧(Hypertension) | 1点 |
年齢(Age ≥75歳) | 1点 |
脳卒中またはTIA既往(Transient ischemic attack) | 2点 |
慢性閉塞性肺疾患(Chronic obstructive pulmonary disease: COPD) | 1点 |
心不全(Heart failure) | 2点 |
合計スコアの解釈
HATCHスコア | AF進展リスク |
---|---|
0点 | 非常に低い |
1-2点 | 中等度リスク |
3点以上 | 高リスク |