はじめに:コロナ後遺症の中に潜む静かな問題
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、急性期の呼吸器症状にとどまらず、感染から数か月、あるいは年単位で持続する多彩な後遺症、いわゆるlong-COVIDの存在を明らかにしました。倦怠感や認知障害といった症状が注目される一方で、比較的見過ごされがちだったのが、男性の性機能に関する問題、勃起不全(Erectile Dysfunction: ED)です。
本論文は、日本のCOVID-19入院男性患者609人を対象とし、感染1年後・2年後に自己申告によって評価されたEDの有病率とその関連要因を分析しました。
研究方法
この研究は「COVID-19 Recovery Study II(CORES II)」の二次解析として実施されました。解析対象となったのは、2021年3月〜9月にα株またはデルタ株で入院した20歳以上の男性患者609名です。感染後1年(2022年)および2年(2023年)にアンケート調査が行われ、EDは、患者自身の自覚症状に基づいて評価され、「COVID-19感染後に新たに出現し、継続した」と自己申告された症状と定義されました。これは、国際的なガイドラインに準拠しています。また、生活の質(QOL)評価にはEQ-5D-5L(日本版)、メンタルヘルス評価にはHospital Anxiety and Depression Scale(HADS)が使用されました。
主な結果:19%が罹患、半数は改善せず
分析の結果、COVID-19感染後2年間の追跡期間中に116人(19.0%)がEDを発症しました。内訳は、1年後調査で86人、2年後調査で70人で、このうち40人は両時点でEDを報告しています。
EDの発症時期を見ると、79人(68.1%)が感染後28日以内に症状が出現し、6人(4.3%)が2-5ヶ月後に発症しました。興味深いことに、30人(25.2%)は1年後調査ではEDを報告していませんでしたが、2年後調査で新たにEDを訴えています。一方で、29人(25.0%)ではED症状の改善が認められましたが、57人(49.1%)では2年後も症状の改善が見られませんでした。
身体的因子より神経精神的因子が影響
興味深いのは、年齢、BMI、喫煙、糖尿病、高血圧といった一般的なEDリスク因子に有意差が見られなかった点です。代わってEDとの強い関連が示されたのは、精神的・生活の質(QOL)指標です。
特に、抑うつ(HADS-D)スコアは1年後で6 vs 4(p<0.001)、2年後で7.5 vs 4(p<0.001)と有意に高値を示しました。また、不安(HADS-A)スコアも1年後では有意差がありました(5 vs 3, p<0.001)。これに加えて、EQ-5D-5Lの活動性(Ua)、疼痛・不快感(Pd)、不安・抑うつ(Ad)のスコアがすべてED群で悪化していました。
例えば活動性スコアは2年後に0.520(ED群) vs 0.271(非ED群)(p=0.002)、不安・抑うつスコアは0.271 vs 0.052(p=0.002)でした。これは、EDという症状が単なる血管障害、身体症状ではなく、QOL全般の低下と強く関連していることがわかります。
EDと他のLong-COVID症状のクラスター分析
症状の関連性を探るため階層的クラスター分析を行ったところ、EDは以下の症状群と関連していました:
- 1年後調査:睡眠障害、脱毛、皮膚発疹、眼症状と同じクラスター
- 2年後調査:咽頭痛、鼻汁、咳、関節痛、筋痛、脱毛、皮膚発疹と同じクラスター
この結果から、EDは時間の経過とともに異なる症状群と関連を変化させることが示唆されます。特に、1年後調査で睡眠障害と同じクラスターに分類された点は、EDのメカニズムを考える上で重要な知見です。既存の研究でも睡眠障害のある人はED発症リスクが3倍以上に上昇すると報告されています。
この点は、単にEDの存在を評価するのではなく、その背景にある神経精神的な問題—特に睡眠の質の低下—に介入することで、症状の緩和が期待できる可能性を示しています。
セロトニン系との関連と今後の治療の方向性
本研究では分子生物学的なメカニズム解析は含まれていませんが、ディスカッションでは、COVID-19後の神経精神症状(抑うつや記憶障害)におけるセロトニン系の機能低下が示唆され、将来的にセロトニンを標的とした介入がLong-COVIDの改善に寄与する可能性が述べられています。
ただし、セロトニンの増加はドーパミンの抑制を通じてEDを悪化させる可能性もあるため、セロトニン系薬物の使用には慎重さが求められます。したがって、精神的介入や睡眠環境の改善といった非薬物療法の重要性が再確認されます。
臨床的意義と実践への応用
本研究の意義は、COVID-19後のEDを単なる年齢や生活習慣病によるものとせず、「感染後の後遺症」として認識する必要性を明確にした点にあります。これにより、EDを訴える男性に対して、単なる泌尿器科的アプローチではなく、精神的評価や睡眠評価を含めた統合的なケアが求められることが浮き彫りになりました。
特に、ED以外の症状がないにもかかわらず、EDのみを訴えた7名のうち、誰も医療機関に相談していなかったという事実は、医療アクセスのギャップとスティグマの存在を浮き彫りにしています。
明日からできる実践としては、以下が挙げられます:
・包括的なメンタルヘルス評価:EDを訴える患者には、抑うつや不安のスクリーニング(HADSなどの使用)を実施する。特にHADS-Dスコアが7以上の場合、専門的なサポートを検討する。
・睡眠障害への介入:EDと睡眠障害が関連している可能性から、睡眠の質改善を目指した生活指導や必要に応じて睡眠専門医への紹介を考慮する。
・QOL全般の評価:EQ-5D-5Lなどを用いて、痛みや日常活動の制限などED以外のQOL低下要因も同時に評価する。
・経過観察の重要性:ED症状は時間とともに変化するため、単一時点の評価ではなく、継続的なフォローアップが重要です。
研究の限界
この研究にはいくつかの限界があります。
- 回想バイアス:自己報告式のアンケートに依存しているため、症状の記憶に誤りが生じる可能性があります。
- EDの詳細な評価不足:国際勃起機能指数(IIEF)などの標準化された評価尺度が使用されておらず、EDの重症度や性質(夜間勃起の有無など)が不明です。
- 選択バイアス:入院患者のみを対象としているため、軽症例でのED発生率は不明です。
- 前感染時のED状態不明:COVID-19感染前にEDがあったかどうかが評価されていないため、因果関係の解釈に注意が必要です。
- 変異株の影響:Alpha/Delta株期のデータであるため、その後のOmicron株でのED発生率は異なる可能性があります。
結論
COVID-19入院患者の約19%が感染後2年間にEDを経験し、その多くが持続することを明らかにしました。従来のEDリスク因子(年齢、糖尿病など)よりも、抑うつ、不安、睡眠障害などの心理的要因との関連が強いことが特徴的です。この知見は、COVID-19後のEDが単なる器質的問題ではなく、心身相関的な側面が強いことを示唆しています。
臨床現場では、EDをLong-COVIDの一症状として認識し、メンタルヘルスやQOL全般の評価を含む包括的なアプローチが必要です。特に、患者が自発的にEDを訴えない可能性を考慮し、医療者側から積極的に問診することが重要でしょう。
参考文献
Kato H, Ichihara N, Saito H, et al. Prevalence of erectile dysfunction as long-COVID symptom in hospitalized Japanese patients. Scientific Reports. 2025;15:6279. https://doi.org/10.1038/s41598-025-88904-6