スタチンはうつ症状を改善するのか?

脂質代謝

はじめに:なぜ「うつ」と「脂質」に注目するのか

大うつ病性障害(major depressive disorder:MDD)と肥満は、いずれも世界的に蔓延している非感染性疾患であり、患者の生活の質を著しく損ない、予後にも大きく影響します。両者はしばしば併存し、片方の疾患がもう一方のリスクを50~60%高めることが疫学研究により示されています。さらに、MDDと肥満はいずれも慢性炎症、代謝異常、免疫活性化といった生物学的背景を共有していると考えられています。

こうした背景のもと、脂質異常症治療薬であるスタチン、特にシンバスタチンに「抗うつ効果」があるのではないかという仮説が提起されてきました。実際に、小規模な無作為化比較試験(RCT)では、スタチンが抗うつ薬の効果を増強する可能性が示されてきましたが、検証規模が限られており、バイアスのリスクも高いという課題がありました。本研究は、エスシタロプラムにシンバスタチンを追加することで、MDD合併肥満患者の抑うつ症状が改善されるかを、厳密な二重盲検RCTのデザインで検証した初の大規模試験です。


方法:二重盲検、多施設、プラセボ対照RCT 

本研究は、ドイツ国内9つの三次医療機関で実施された多施設型RCTです。対象は18歳〜65歳のMDD患者で、かつBMIが30以上の肥満を伴う方です。主な除外基準には、既存のスタチン使用者、抗うつ薬使用中の方、急性の自殺念慮がある方などが含まれます。

すべての参加者には、抗うつ薬エスシタロプラムを10mg/日から開始し、2週後に20mg/日へ増量しました。そして、シンバスタチン群には40mg/日のシンバスタチンを追加投与し、プラセボ群には偽薬を12週間投与しました。

主要評価項目は、Montgomery–Åsberg Depression Rating Scale(MADRS)によるベースラインから12週後までの変化量です。副次評価項目には、Beck Depression Inventory-II(BDI-II)スコア、反応率(MADRSスコアが50%以上減少)、寛解率(MADRSスコア<10)、およびCRPや脂質プロファイルの変化が含まれました。


結果:抗うつ効果は認められず、代謝改善は顕著

最終的に160名が意図した解析(ITT)に含まれました(シンバスタチン群81名、プラセボ群79名)。平均年齢は39歳、女性が79%を占めていました。治療継続率は95.6%と非常に高く、ブラインドの維持も成功していました。

主要評価項目のMADRSスコアは両群で改善

  • シンバスタチン群:−13.97点(95%CI −15.88~−12.06)
  • プラセボ群:−13.50点(95%CI −15.41~−11.58)
  • 群間差:0.47点(P=.71)

この結果は、複数の感度分析でも一貫しており、シンバスタチン追加投与による抗うつ効果は示されませんでした。

副次評価項目も同様の傾向

BDI-IIスコアやMADRSによる反応率・寛解率においても、シンバスタチン群とプラセボ群に統計的有意差は見られませんでした。

代謝マーカーには有意差

一方で代謝マーカーには有意差が見られました。

  • LDLコレステロール:シンバスタチン −40.37 mg/dL vs プラセボ −3.78 mg/dL(P<.001)
  • 総コレステロール:シンバスタチン −39.07 mg/dL vs プラセボ −4.89 mg/dL(P<.001)
  • 高感度CRP:シンバスタチン −1.04 mg/L vs プラセボ +0.57 mg/L(P=.003)

これらの結果から、心血管リスク低減におけるスタチンの有効性は、本試験でも明確に裏付けられました。


新規性:うつと肥満に対するスタチン効果の最終的検証

本研究の最大の新規性は、「MDD+肥満」という非常に実臨床で重要かつ難治性の高い群において、スタチンの抗うつ効果を検証した最初かつ最大規模のRCTである点にあります。これまでの小規模RCTや観察研究が示唆していた抗うつ効果について、厳密なデザインにより否定的な結論が導かれたことは、臨床現場における治療方針の整理に大きく貢献するといえます。

また、本研究ではCRPなどの炎症マーカーに着目し、MDDと炎症の関連におけるスタチンの可能性も併せて検討しており、今後の生物学的機序研究に向けた足がかりを提供しています。


臨床的意義

本研究結果は、スタチンが抗うつ薬の補助薬としては有効ではないことを示していますが、これは「スタチンを投与すべきでない」という意味ではありません。むしろ、肥満やMDD患者における心血管リスクが高いことを考慮すれば、ガイドラインに則った一次・二次予防の目的でスタチンを積極的に使用すべきです。

実際、試験参加者の73%が高血圧、65%がCRP>3mg/Lという背景を持っており、心血管疾患予防の観点からもスタチンの適応となる群です。精神疾患を有する患者では、しばしば身体的ケアが軽視されがちであるため、本研究はその点に警鐘を鳴らしています。


Limitation:結果の一般化には慎重な解釈が必要

本研究にはいくつかの限界があります。まず、対象はドイツの三次医療機関に通院する中等度MDDの患者であり、重症例や他の精神疾患併存例、既にスタチン適応がある心血管疾患既往患者は含まれていません。このため、より高リスクな患者群におけるスタチンの影響は未だ明らかではありません。

また、倫理的配慮から自殺企図歴のある患者は除外されており、真に治療抵抗性のMDD群を包含できていない可能性があります。


おわりに

小規模研究や観察研究で期待されたスタチンの抗うつ効果は、本研究によって厳密に否定されました。これは、医師が治療方針を決定する上で極めて重要な知見です。スタチンはあくまで心血管予防の薬であり、抗うつ効果を期待して処方するべきではありません。ただし、MDDや肥満のようにリスクが重なり合う患者群においては、予防薬としてのスタチンの役割を再確認し、積極的に用いることが望まれます。

参考文献

Otte C, Chae WR, Dogan DY, et al. Simvastatin as Add-On Treatment to Escitalopram in Patients With Major Depression and Obesity: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. Published online June 4, 2025. doi:10.1001/jamapsychiatry.2025.0801

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